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ショート・パス戦法とポゼッション・サッカー

「チョウ・ディン関係資料集」に竹腰重丸『サッカー』(旺文社,1956)から「ショート・パス戦法」を加えました。ディンのコーチングがいかに斬新だったかを、コーチを受けた側からの視点から、以下の文章で余すところなく伝えています。

 “大正十一年(一九二二年)の秋、山口高等学校で筆者もはじめて同氏の指導を受けたが、ペナルティー・エリア線付近からのキックで、十回中に六、七回ぐらいは確実にバーにあてる美技や、ヘッディングの正確さには目を見はったものであるが、それにもまして大きな収穫であったのは、キックやヘッディングのフォームやタイミングについて、簡単な物理を適用して考えることを教えられ、 サッカーは考えることができるスポーツであることを知ったことであった。

 それまでのサッカー練習では円陣を作って蹴り、ドリブルをし、ゴール・シュートの練習をしてのち、練習試合をするといった、単に前から行われていた練習方法をまねるに過ぎないもので、バーを越すシュートをすれば「下げて、下げて」と主将なり先輩にどなられるだけであり、なぜバーを越したかまたどうすれば上がらないですんだかを反省し、くふうすることははなはだまれであったといっても過言ではなかった。それが同氏の指導を機として「精神力と慣れ」のサッカーから、フォームやタイミングなどと照らし合わせて原因・結果を追求する科学性を加えた練習方が進歩したので、種々の技術が飛躍的に向上していったわけである。”

竹腰はまた、次のように指摘しています。

 “ショート・パス戦法は、その名の示すように短いパスが多く用いられたのであるが、それは表面に現れた形からみたところで、その内面にある基本的な作戦-意図-は、冒険的に突進するよりも確実にボールを保持して進み、一定線に達してのち、鋭く最後の突込みを行うという考え方であった。「中盤(ミッド・フィールド)作戦」と最後の「寄せ」ということばが、サッカー用語として現れたのも、このショート・パス戦法(英国でいうクローズ・パッシング・ゲーム Close passing game に相当)時代にはいってからである。”

 “正確なパスを交えて、確実にボールを保持するというこの戦法の基本的な考え方を成功させるためには、試合の運び方や戦術的な動き、あるいはそれを可能にする基礎技術に幾多の改良を要する点があったので、この戦法に移ってのちは急速にゲームの分析が進んだ。”

ディンから伝授されたショート・パス“戦法”を、“確実にボールを保持するというこの戦法の基本的な考え方”すなわちボール・ポゼッション(ボール支配)という“戦略”に昇華させることができた、という点が日本サッカー史を考える上で極めて重要なことではないでしょうか。

『サッカー批評』24号に掲載された後藤健生氏の「この国のサッカーのかたち」がこの点にはっきりと言及してなかったのに、チョット不満がのこりました。


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Comments

明星サッカー60年史を読みました。1973年刊行ですから、サッカー本が少ない当時としては貴重本です。校内では明治末からサッカーが行われ、大正元年が正式な創部。宗教系の学校で外国人教師がいたので、サッカーの採用が早かったようです。当時の関西では師範学校以外ではサッカー部のある中学は少数で、やはり大正時代以降急速に広まったようです。その頃はフットボールが一般的な名称で、米国本を買った際にサッカーの意味がわからず、意味がわかってからは最初にサッカーという言葉を使用したと書かれています。OBではないが、大谷四郎氏や賀川浩氏も寄稿しており、関西サッカーの草分けに相応しい内容です。本書の座談会に、当時関西サッカー界の重鎮であった田辺五兵衛氏が、チョー・ディン氏の技術本を懸命に翻訳していたとの下りがあり、大正時代に彼が日本サッカーに与えた影響の大きさが想像されます。

Posted by: 藤大納言 | September 26, 2004 at 09:47 PM

『明星サッカー六十年史』は田辺文庫で「見た」はずですが、読む暇がなくて内容は全然覚えてません。

>田辺五兵衛氏が、チョー・ディン氏の技術本を懸命に翻訳していたとの下りがあり

ということは、『How to play assocition football』(1923)の原書?かそれ以外にディンの著作があったか?という謎が生まれますね。

明星も湘南同様夏の甲子園で優勝してますね。戦前の蹴球名門校が戦後の大野球ブームと学制改革により野球名門校に転進した例といえるかも 阪神タイガース現監督氏も中学は明星(高校は蹴球の名門、北陽)です。あっ、こっちのオカちゃんも大阪出身、早稲田OBだ! 2人のオカちゃん↓

岡田武史:1956生 大阪府出身 天王寺高・早稲田大卒 現横浜Fマリノス監督 監督としての資質評価急上昇中

岡田彰布:1957生 大阪府出身 北陽高・早稲田大卒 現阪神タイガース監督 監督としての資質疑念沸騰中


Posted by: 蹴球閑人 | September 27, 2004 at 10:19 PM

県立浦和高校サッカー部史である「麗和」と小田原高校サッカー部「50年誌」を読みましたが、サッカー部創設の時期が大正と昭和ではやはり時代の雰囲気が違うようです。前者には、チョ-・デイン氏や英国大使館勤務だったヘイグ氏の著作の件が出て来ますが、後者には全く出てきません。また、サッカーの呼び方も、フットボールからアソシエーション・フットボール→ア式蹴球→蹴球と変ってきたようで、サッカーはまだまだマイナーでした。

Posted by: 藤大納言 | October 08, 2004 at 10:47 PM

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