« November 2004 | Main | January 2005 »

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandのジャケット

ビートルズのアルバムSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandのジャケット

http://images.amazon.com/images/P/B000002UAU.01.LZZZZZZZ.jpg

に2人だけスポーツ選手がいます。1人は最前列1番左にガウンを着て立っているSonny Listonで、ボクシングのヘビー級チャンピオン。モハメド・アリ(カシアス・クレイ)に「幻の右」で1RKO負けしたことで有名。

もう1人はジョージ・ハリソンの右側に黄色いスーツを着て立っているマレーネ・ディートリヒの左上に顔だけ見えているAlbert Stubbinsで、サッカー選手。

http://www.liverpoolfc.tv/team/past_players/players/stubbins/

リバプールに1946~53年在籍、180試合で83ゴールしたFW。ニューカッスルから移籍時、同時にスカウトに来たエバートンかリバプールを選択するのにコイントスで決めたとか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

東京コレッヂリーグのモデルはフットボール・リーグ

11/11の「部制(ディビジョン・システム)の不思議」で、1924年に始まった東京コレッヂ・リーグのモデルに言及しましたが、やはり英国のフットボール・リーグをモデルにしたと明記した文献がありました。

『神戸一中蹴球史』(神中蹴球倶楽部,1937)の座談会で範多龍平が以下のように述べています(p.198-199)。

 “東京のリーグ戦はカチヌキ、システムは経費の関係や、グラウンドの関係がどうしてもうまく出来なかったから、かまわないから分けてしまえといふので、四校づつ第一部、第二部と云う風に分けてしまった。分けたのは英国の職業団が大会でやってゐるシステムを真似たのですが、「第一部、第二部、第三部に分けて私等が勝手に其の時の各学校の力量によって、一番強そうなやつを第一部に、次を第二部に入れる、それから第三部に・・・・。前以て或程度まで内部の諒解を得ておいたがそれでも非常に反対が出た。なぜ俺の所が第二部であれのところが第一部かと非常に反対が出たが兎に角それを押し切った」東京のリーグは今は五部か六部迄あるでせう。各部から最高点チームが一部上って、最低点チームが一部下る規則だとか皆英国通りに拵えて始めたのです。

 中学でもそんな風にやって行けば面白いと思ふ。

 大分国民的遊戯になってフットボール其のものに対し大衆の知識が出来て来たから、今後益々発展するでせう。”

範多は神戸一中1918年卒蹴球部主将、慶應に進学して体育会ソッカー部を創設した慶應サッカーの始祖というべき人物、1921年創立の大日本蹴球協会の役員でもあります。神戸市北野地区を開発し、異人館群(国指定重要文化財ハンター氏邸など)を残した神戸観光の恩人Edward H. Hunter氏の子孫です。

上記引用部分の前段は大毎大会(現在の高校選手権)の話で、“中学でもそんな風にやって行けば面白いと思ふ”とは今日のプリンスリーグを先取りしたような・・(←お国自慢) 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

サッカー関係のマーケティング・リポート

サッカー関係のマーケティング・リポートに全文アクセスしたければ、eReportSiteがオススメです。

http://www.e-report.info/

キーワード検索:に「サッカー」と入力し、検索ボタンを押してみてください。

「PDF」や「H」ボタンを押しても全文アクセスできない場合は、「HP」ボタン(リサーチ刊行機関HP)
を押してそこのサイト内検索で再度検索してみてください。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« November 2004 | Main | January 2005 »