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アーロン収容所

海軍兵学寮や工部大学校に招聘された御雇外国人(英国人)たちがスポーツを奨励したという文献を読んでいて、会田雄次著『アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界』(中央公論社,1962)を思い出しました。京大で西洋史を専攻した会田はビルマ戦線に兵卒として出征、英国軍の捕虜となり、捕虜というユニークな視点から英国社会を観察しています。サブタイトルのとおり、“西欧ヒューマニズム”は人種、階級の枠内のものに過ぎないことを、数々の“実例”をあげて指摘しています。

英国社会の階級差に関して、英国軍の軍装に大きな階級差はなかったにもかかわらず、遠くからでも一瞥できたと述べています。その理由は、「青白きインテリはいない」の節で以下のように述べられています。

“しかし私たちが一見して士官と兵とを区別できたというのはそのことからでない。それは、体格、とくに身長である。五尺七寸余(一・七五メートル)の私より背の高いのは下士官や兵ではすくない。五尺四寸くらいのものがすくなくないのである。しかし士官は、大部分が六尺以上もあると思われる大男で、私より低いものはほとんどいなかったのである。

 体格も下士官や兵には見事なものは多くない。かえって貧弱だなあと思うような男もすくなくなかった。しかし士官は老人以外はほとんどが堂々たる体躯で私たちを圧倒した。・・・”(p.104)

“士官と兵隊が一対一で争うとする。たちまちにして兵は打倒されてしまうだろう。剣やピストルをとっても同じことと思われる。士官たちは学校で激しいスポーツの訓練をうけている。フェンシング、ボクシング、レスリング、ラグビー、ボート、乗馬、それらのいくつか、あるいは一つに熟達していない士官はむしろ例外であろう。そして下士官、兵でそれらに熟達しているものはむしろ例外であろう。士官の行動ははるかに敏捷できびきびしているのである。

 考えてみれば当然である。かれらは市民革命を遂行した市民[ブルジョア]の後裔である。この市民たちは自ら武器をとり、武士階級と戦ってその権力をうばったのだ。共同して戦ったプロレタリアは圧倒的な数を持っていたが、そのあとかれらが反抗するようになると市民たちは力で粉砕し、それを抑えてきたのである。私たちはこの市民の支配を組織や欺瞞教育などによると考えて、この肉体的な力のあったことを知らなかった。

「なるほど、プロレタリアは団結しなければ勝てないはずだ」

 これは労働運動をやっていた一戦友のもらした冗談でもあり、本音でもあった。”(p.106-107)

海軍士官は水兵に対して、エンジニアは職工に対して、知識教養、物腰、言葉遣いだけでなく、イイモノ食って体鍛えて体格や“腕っ節”においても絶対優位に立たなければならない、というのが英国流エリート教育に隠された意図なのです。

大正時代にサッカーを奨励した教育者は知育、徳育、体育の調和した英国のパブリック・スクールを範と考えていたようですが、その背後にある“陰険なる意図”を理解できなくて当然でしょう。現在でもある種の“誤解”があるのでは・・

http://www.toyota-shokki.co.jp/news/release/2004/eton/

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Comments

いよいよ日本サッカーの神代史が明らかにされますね。1873年の海軍伝説の後、サカ博の年表は1917年の極東選手権まで飛んでいますが、1874年のライマー・ジョンズの教授、1896年の東京高師での蹴球部誕生、神戸一中での蹴鞠会誕生、1903年の本邦最初のサッカー本刊行、明治末から大正初めにかけての旧制中学での蹴球部誕生ラッシュと、本当はもっと厚い歴史がある筈なんですが。そして、何故野球がはやり、サッカーが今一つだったのかを解く鍵が。

Posted by: 藤大納言 | July 14, 2005 at 10:34 PM

会田雄次氏といえば、一面では通俗的な比較文化論の大家でもあります。
トンデモの巣窟のような分野です。
その陥穽をいかに乗り越えるかが、今後のテーマではありますまいか?

>何故野球がはやり、サッカーが今一つだったのかを解く鍵が。
単純に、平岡さんがアメリカに留学しちゃったからですよ。(と、思う)

あと、管理人様。
秋山陽一に負けないで頑張ってください。

Posted by: さけのべ | July 15, 2005 at 12:30 AM

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