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『広島スポーツ100年』

『広島スポーツ100年』金桝晴海著(中国新聞社,1979)p.61に以下の記事がありました。

“「ドイツ捕虜のサッカー 交歓試合で欧州の高級技術を披露」

 大正八年一月、ドイツ人捕虜の体育大会が広島高師グラウンドで開かれている。

 大正三年に第一次大戦が始まり、日本は青島を占領した。そのときのドイツ人捕虜
が七百人余り、広島湾の似島にいた。収容所はバラック囲いだけの粗末なものだった。

 大会は広島県教育会が体育奨励とドイツ人の競技を見学する目的で開いた。広島の
人たちは初めてヨーロッパのスポーツに接した。

 記事によると、第一日は拳(けん)ボールとホッケー。第二日は陸上競技とサッカー、
体操が行われた。バッチヒ中尉以下五十人の捕虜団は上田歩兵大尉の引率で入場し、
雪混じりの強い風の中で規律正しく、競技を楽しんだ。

 拳ボールとは聞きなれないが、庭球とバレーボールを混合したようなもので、五人一組
でサッカーのボールをネット越しにこぶしで打って得点を争った。広島にホッケーが
入ってくるのは数年後だが、このときホッケーの模範競技が行われている。

 体操では大車輪を見事に演じたとある。陸上は鉄塊投げが11メートル、棒高跳び、
走り高跳びで好記録が出た。「これらの競技は一般にわが学生の方法と多少の差なきに
あらざるも、彼らの技術に至りてはわが学生の遠く及ぶところではない。サッカーでは
彼らの規則正しき点と、各人の連絡の良さと、機敏の警戒とはわが学生に決して
見られない点である」(原文のまま)の記事がある。

 この大会とは別に、一月十六日、ドイツ人捕虜と高師、県師がサッカーの交歓試合
をしている。ドイツ人側から申し込んできたもので勝負は問題にならず、県師は5-0
で敗れた。しかし、この試合は広島のサッカー界に大きな影響を与えた。

 県中サッカー部の出身で、当時高師の主将だった田中敬孝(八〇)=広島市翠町=は
「ヘディングで競り合っても届かない。体力も技術も問題にならなかった。広島の選手
とはボールのけり方から違っていた。ドイツ人は自在にボールを操った。プロまがいの
選手もいた」と話す。

 ケタ違いのサッカーに接した田中は、ぜひドイツのサッカーを学びたいと思った。
わざわざ陸軍運輸部の許可を取り付けて小船を出してもらい、日曜日ごと似島に渡った。
捕虜たちのチームに入ってプレーした。一軍のキャプテンだったグラーザという若い
人が親切に教えてくれた。本までもらった。

 似島でドイツ式サッカーを学んだ田中は学校の休みには姫路、御影の師範、神戸一中
などを回って指導した。似島のドイツ・サッカーは広島だけではなく、関西まで浸透
したのである。

 田中は翌九年、県中の教諭になった。サッカー部監としてチームを育てた。大正十年、
広島一中は神戸高商主催の関西中等大会で初優勝を飾る。”

「交歓試合をしたドイツ人捕虜と県師のサッカーチーム」(惣野真澄氏提供)という写真もあります。

また、「跳躍一路・織田幹雄」(p.77)には、

“一中はサッカーが強かった。左利きの織田は不思議に両足がうまく使え、どちらの足でも同じようにけることができた。足も速かった。三年のころはフルバックをやったり、フォワードのレフトウイングを務めたこともあるという。「もともとサッカーがやりたかった」と話す。”

日本最初のゴールド・メダリストは“道を誤らなければ”日本代表クラスになってたはず(広島一中から早稲田という「サッカーの黄金コース」を歩んでいるのですが)。Hop Step Jumpを「三段跳び」と訳したのは織田自身とのこと。

「蹴球の草分け時代」(p.48)には、

“明治四十四年二月の中国新聞に、広島高師の蹴(しゅう)球大会の記事がある。校内大会のほかに高師三年組と広島商の試合が行われ、2-0で広島高師が勝った。大正元年の大会には広島中と高師数物科、広島商と高師一、二年組。同二年には高師と広島中(県中)広島商の連合軍が試合をしている。

 広島高師では早くからサッカーに注目、明治三十九年には課外運動に採り入れていた。四十四年、オックスフォード出のC・M・プリングル教授が着任して、本格的にサッカーを指導、ラグビーも始めていた。”

という記述もあります。

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