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『山梨のサッカー』

『山梨のサッカー : 過去・現在・未来をつなぐパス』「山梨のサッカー」編集委員会編著 山梨日日新聞社 2005 204p (山日ライブラリー) 952円

山梨県生涯学習推進センターで開催したサッカーの講座をまとめたもの。

「第一章 山梨にまかれたサッカーの種 -韮崎サッカーの歩み-」(横森巧)は、韮崎高監督だった横森による、韮崎高を中心とする山梨高校サッカー史。例によって、山梨県も師範学校から始まり(1913年に埼玉師範と試合をしたという記録があり、1916年蹴球部創部)、その後甲府中、韮崎中などが創部。韮崎中は1923年創立、開校5周年に初代校長堀内文吉が蹴球を校技とする。理由は「強風」とのこと(パブリックスクール云々には言及されず)。

「第二章 甲府クラブ、日本リーグでの活躍」(田草川光男・川手二朗)は1965年創立の甲府クラブ(現ヴァンフォーレ)史。同クラブは甲府中OB、川手工業所社長の川手良萬氏がパトロンとなり、JSL2部に20年在籍(20年間昇降格なし)。紫光クラブ(現パープルサンガ)のような旧師範OBクラブではなく、甲府一高OBクラブの鶴城クラブが母体となり、メンバーは教員に限定されず様々な職業の人々がプレー。

「第三章 ヴァンフォーレ甲府の誕生・挫折・再生」(海野一幸)は、ヴァンフォーレ社長のビジネス戦記。

「第四章 山梨県サッカー協会の挑戦」(渡辺玉彦)は、県協会役員による県協会プロジェクトの説明。

「第五章 世界へ広がる山梨のサッカー -中田英寿を育んだ土壌」(皆川新一)は、中田英寿の中学(甲府北中)時代の指導者で現在は地域クラブを運営している人物の体験談とサッカー論。

巻末に「山梨県サッカー年表」あり。

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ヒトラーの御前試合

ウルリッヒ・ヘッセ・リヒテンベルガー著『ブンデスリーガ : ドイツサッカーの軌跡』(バジリコ,2005)にドイツサッカー史におけるオットー・ネルツの役割が詳しく紹介されていました。

彼が就任するまで、DFB(ドイツサッカー協会)の力が弱く、地方協会が推薦する選手を横並びで起用せざるを得ず、真の代表チームを結成できませんでした。

ドイツ代表の初代専任監督となったネルツは薬学の学位をもつプロフェッサー、新設されたベルリンの体育大学に籍をおいていました。彼の推薦でヘルベルガーも講師になります。

規律とフィジカルを重視したイングランド・スタイルのサッカーを志向していたようです。

1928年のアムステルダム五輪ではスイスに快勝、優勝したウルグアイに惜敗。1929年アウェーのトリノでイタリアに2-1で初勝利。同年ケルンでスウェーデンに3-0で快勝。1930年ベルリンでイングランドと3-3で引き分け。1931年オーストリアとベルリンで0-6、ウィーンで0-5で大敗。

彼はドイツにWMシステムを導入した人物で、初参加した1934年W杯イタリア大会にはWMを採用。対ベルギー5-2、対スウェーデン2-1、対チェコスロバキア1-3でベスト4、3位決定戦対オーストリア3-1で3位。

1936年ベルリン五輪では、1回戦対ルクセンブルグ9-0。準々決勝の対ノルウェー戦は“勝利確実”ということで、1936年8月7日ポストシュタディオンには、ヒトラー、ゲーリング、ゲッペルス、ヘスなどのお歴々が観戦。相手をなめてメンバーを落としていたドイツは0-2で敗戦。ヒトラーは2点目を取られたところで退席してしまったそうです。これはヒトラーが確実に観戦した唯一のサッカー試合とのこと。

ネルツはこれで辞任。ヘルベルガーが後継者になります。ヘルベルガーはネルツの頑健さとダニューブ式ショートパスサッカーを融合したドイツ・スタイルを確立することになります。

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Forbesのサッカーチーム資産価値番付

が掲載されてます。

http://www.forbes.com/lists/2006/34/Rank_1.html

2004-05シーズンのデータに基づいているそうなので、現在はかなり変動してそうです。

チェルシー、リバプール、バレンシア、レンジャース、ドルトムントは営業利益(operating income)がなく、赤字。

負債率(資産価値に対する)はアーセナル74%、マンチェスターシティ75%、レンジャース63%。レンジャース危うし?

トッテナムあたりが買いか(笑

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地方サッカー史ブーム?

『サッカー静岡事始め』(静岡新聞社,2006)は先日紹介しました。

『山梨のサッカー -過去・現在・未来をつなぐパス-』(山梨日日新聞社,2005)も刊行されていました。

内容は、

第一章 山梨にまかれたサッカーの種 -韮崎サッカーの歩み-・・・・・横森巧
第二章 甲府クラブ、日本リーグでの活躍・・・・・田草川光男・川手二朗
第三章 ヴァンフォーレ甲府の誕生・挫折・再生・・・・・海野一幸
第四章 山梨県サッカー協会の挑戦・・・・・渡辺玉彦
第五章 世界へ広がる山梨のサッカー -中田英寿を育んだ土壌-・・・・・皆川新一

http://www.sannichi.co.jp/BOOKS/list.html

各地でこういう本が刊行されれば、日本サッカー史の厚みが増すことになるでしょう。

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ユーロ2008

決勝カード、フランスvsイタリアはユーロ2008の予選で同組、9月6日に試合があります。

http://jp.uefa.com/competitions/euro/FixturesResults/index.html

同組(グループB)にはウクライナもいて、ワールドカップベスト8が3カ国います。フランスはベテランが大量離脱しそうなので、“安泰”とはいえなそうです。

ギリシャとトルコはまた同組(笑

チェコはオランダとは切れましたが、ドイツと同居、スロバキア、アイルランドも同組です。

今度の予選は各組上位2国が本戦参加、プレーオフ無しのようです。8月16日から予選スタート。

コラムに新コンテンツ「ウォータールーの戦いはイートンの運動場で勝った」をアップしました。

http://fukuju3.hp.infoseek.co.jp/eaton.htm

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竹腰重丸氏の家系

いただいたメールによれば、臼杵藩稲葉氏に仕えた竹腰氏は紀姓で、広島藩浅野氏に仕えた一族の支流とのことです。旧大垣城主の竹腰氏は源姓、尾張藩付家老の竹腰氏は紀姓ということで、竹腰重丸氏は尾張反藩付家老の竹腰氏とは同家系らしい、ということだそうです。

臼杵藩に竹腰氏は1家しかなく、代々名に「重」がついているそうで、竹腰重丸氏は竹腰直重に始まる家の末裔と考えてよいとのことでした。竹腰家は小録ながら上士格で、家老の娘が嫁に来てもおかしくないそうです。

竹腰重丸氏と同時に殿堂入りされた山田午郎氏も二本松藩で石高百石の上士の家に生まれています。

臼杵藩の藩祖は稲葉一鉄、二本松藩の藩祖は丹羽長秀、ともに織田信長の部将でした。

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ジョージ・オーウェルが引用したウェリントン公の言葉

どうもウェリントン公本人の言葉ではないらしい“ウォータールーの戦いはイートンの運動場で勝った(The Battle of Waterloo was won on the playing fields of Eton.)”を、ジョージ・オーウェルが「England your England」というエッセイ(『The lion and the unicorn』 London, Secker & Warburg, 1941 所収)で以下のように引用しています。

“Probably the battle of Waterloo was won on the playing-fields of Eaton, but the opening battles of all subsequent wars have been lost there.” (p.35)

川端康雄編 小野協一等訳『ライオンと一角獣』(平凡社,1995)の訳では、

“ウォータールーの戦いはたぶんイートンの運動場でかちとられたのだろうが、その後の戦争の緒戦はすべてそこで失われた。”(p.35)

になっています。 続く文章は“One of the dominant facts in English life during the past three-quarters of a century has been the decay of ability in the ruling class.(この七十五年間のイギリスの生活においてもっとも著しい事実のひとつは、支配階級の能力の低下である)”で、オーウェルは英国支配階級の劣化を皮肉るのにこの文章を使っています。ちなみにオーウェル自身もイートン校OBです。

オーウェル → ウォータールー というと『動物農場』に出てくる豚の名がナポレオンだったことを思い出します。昔、TVで観た中国のサーカス(中国雑技団か?)の出し物に「二本足で立つ豚」というのがありました。シャレだとしたらあまりにキツーイ・・

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『英国風俗鏡』の蹴鞠

高橋義雄著『英国風俗鏡』(大倉保五郎,1890)のp.195-201が「蹴鞠」です。留学生が見たフットボールが記されています。

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40011146&VOL_NUM=00000&KOMA=111&ITYPE=0

高橋は慶應義塾出の財界人で、三越を呉服店から近代的デパートメントストアに変革した人物です。箒庵という号で茶人としても知られた人物だそうです。

http://www.toraya-group.co.jp/gallery/dat02/dat02_053.html

冒頭は、

“ウェリントン公云へるとあり。ウヲータールーの戦勝はエトンの野に在りと。英国人が戦場に臨んで屈せず撓まずノソリノソリと進み行く其気根の飽まで強きは世人の能く知る所なれども此気根を養ふは決して偶然の事に非ず。平常野外の運動を好み学校書生商店番頭その他各種の職業に従事する者も土曜日などには野外に出でて体力を練るとを怠らず。・・・”

ウェリントンの話は当時すでに有名だったようです。

http://fukuju3.cocolog-nifty.com/footbook/2006/06/post_d844.html

全文紹介コーナーに新コンテンツ「日本最初のサッカー紹介書」(未完)をアップしました。

http://fukuju3.hp.infoseek.co.jp/outdoor.htm

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堪能はしたけれど

ドイツvsアルゼンチン、イングランドvsポルトガル、ブラジルvsフランスはいかにもワールドカップらしい息詰まるような試合内容でした。しかし、プレスのかけあい、スペースの消しあいで、レベルは現在のほうが上かもしれませんが、ブラジルvsフランスは“面白さ”という点では20年前のメキシコ大会のほうがずっと上のような気がします。

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ベスト4

はドイツ、イタリア、イングランド、ブラジルか? 決勝はブラジルvsドイツの再戦?

4年前の4強もこうだとよかったのに。

4年前にも書いたんですが、ブラジルvsドイツなら36年前に観たかった!!(笑
史上最強の南米チームvs史上最強の欧州チームだったんだが。

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