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『関西サッカーのあゆみ』

という本が出てました。関西サッカーのあゆみ編集委員会編、関西サッカー協会発行、2006.6。JFAの『日本サッカーのあゆみ』(講談社,1974)にあわせたような書名ですが、中身は関西サッカー協会史です。関西サッカー協会は、最初は実質的には関西大会だった日本フートボール大会(現在の高校選手権の前身)の運営のために設立されたようです。

目次:

ごあいさつ
巻頭言
祝辞
第1節 ルーツを求めて 
 人間と鞠(夢物語) 阪口光治
 関西蹴球協会の誕生までの略史 阪口光治
第2節 エピソード
 座談会① 関西蹴球協会創立から戦後まで
 治太はんのサッカー人生
 高校サッカーの原点 第1回日本フートボール大会
第3節 キックオフ
 座談会② 高校サッカーの変遷
 関西サッカー協会と私 蜷川信雄 森貞男 森健一 小林久幸 栗本義雄 臼田彬作
第4節 未来へのシュート
 座談会③ 関西サッカーの未来へ向けて
第5節 栄光のイレブン
 釜本邦茂 井原正巳 宮本恒靖 西村昭宏 大仁邦彌 加地亮 柳本啓成 平木隆三 明神智和 長谷川治久 古川好男 佐々木康治
第6節 委員会からの提言
 総務委員会 規律・フェアプレー委員会 競技委員会 審判委員会 技術委員会 第1種委員会(社会人) 第1種委員会(大学) 第2種委員会(高校生年齢) 第3種委員会(中学生年齢) 第4種委員会(小学生年齢) クラブユース委員会 女子委員会 シニア委員会 フットサル委員会
第7節 栄光の記録
 主催大会 共催大会 後援大会 その他の試合
第8節 資料
 年表 歴代役員一覧 関西サッカー協会規約
編集後記 

これ以外にもコラムが多数掲載されています。ざっと読んだ感じでは、「座談会② 高校サッカーの変遷」で高校選手権の首都圏移転の内幕が関西側から語られていて、最も興味深かったです。

関西サッカーの2大痛恨事は、

①ベルリン五輪代表選考
②高校選手権の首都圏移転

でしょうが、①については「治太はんのサッカー人生」でさらっと触れられている程度でした。 

具体的内容については後日。  

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Comments

サッカーの関西協会は、ラグビーのそれと似たような位置付けなんですかね。日本協会と各県協会に挟まれた中2階のようなイメージがしていて、どうも存在意義が良くわかりません。

Posted by: 菅大納言 | December 16, 2006 05:57 PM

日本フートボール大会時代の選手権は事実上近畿大会(府県予選なしのオープン参加)だったので、関西一円を管轄する関西協会が必要とされたようです。

戦後も高校選手権会場が兵庫、大阪と府県の枠を超えていたので、関西協会の存在意義があったようです。

選手権の会場が関西だったという、関西の特殊性が地方協会の中で関西協会の存在感を際立たせていたのですが、選手権の首都圏移転により、中二階化した感はいなめなく、座談会③でその苦渋が語られています。

現在でも東西対抗色の強いアメフト(甲子園ボウル)は関西協会の存在感があるようです。高野連は本部が大阪にあるので、関西協会が存在する必要がありません。

Posted by: 蹴球閑人 | December 16, 2006 09:16 PM

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