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後藤健生著『日本サッカー史 日本代表の90年』②

「資料編」のAマッチ部分も手が入っているようです。

戦前の極東選手権大会時代の代表監督

         前版        新版

1917年度  無記入   → 無記入

1921年度  佐々木守 → 佐々木

1923年度  西田    → 西田満寿次郎

1925年度  無記入   → 無記入

1927年度  土橋    → 土橋

1930年度  鈴木重義 → 鈴木重義

1934年度  竹腰重丸 → 竹腰重丸

1921年度が佐々木等氏に訂正されています。日本の“初代代表監督”佐々木等氏の自伝「私の歩んで来た道」が『学校体育』1953年1-7月号に掲載されています。

1923年度は前版が姓のみだったのがフルネームに訂正されています。

1925年度は無記入ですが、山田午郎著『ア式フットボール』(杉田日進堂,1925)の序文に、

“極東に於て、各種運動競技の選手権大会が開かれることにすでに七回、中でもア式蹴球は中華民国が実に六回連勝の栄誉を担ってゐる。今回マニラの地に開かれた第七回極東競技大会に於ても、フィッリピンを五対一で破り、わがティームを二対零で破って堂々と勝利を占めてゐる。これは単に体格ばかりに依るといふことは出来ない。彼は幼児からボールに接する機会が多い。つまり長い間の好める運動として練習の機会が多い。著者が今回の大回(ママ)にア式蹴球の監督としてマニラに往復する途中親しく上海、香港に於ける彼等の愛好するフットボールについて見たのに、五六歳の小児から十七八歳の元気あふれる青年迄一所になって盛んに蹴って居る、...”

とあり、山田氏が監督であった可能性があります。

1927年度は日本が国際戦初勝利した重要な大会なのですが、未だ土橋という姓しか判明していないのは残念です。チームの構成からみて早稲田関係者である可能性は高そうですが、『早稲田大学ア式蹴球部五十年史』(早稲田大学WMWクラブ,1977)に土橋姓のそれらしい人は掲載されてないのでしょうか。

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