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政治的決定

FIFA標高2500m以上での国際試合を禁止

これでボリビア、エクアドルはW杯出場は困難に。

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八百長相撲

朝日新聞社刊行『アサヒスポーツ』創刊号(1巻1号 1923年3月発行)の巻頭記事、下村宏(海南)著「全日本民族のために」中に以下のパラグラフがあります。

“此日本人は別に学生々活を終った後は講談倶楽部の外書冊に親しんではならぬとか、プロフェッショナルの八百長相撲は見物してもよいが、自分達の運動を持続してはならぬとか、マサカそんな誤解はして居らぬようだが、その大多数は学生々活を終ると、申し合はせたやうに智育にも体育にも冷淡で、あとの修繕、維持には全く無関心である。”(太字は筆者)

下村は1943年に大相撲とは因縁浅からぬ日本放送協会(NHK)会長にもなっています(笑

また、下村同様、朝日新聞から政界入りした中野正剛は自著『八面鋒』(博文館,1911)で、桂太郎と西園寺公望が馴れ合いのような政権交代を繰り返した、いわゆる桂園時代を八百長相撲に例えて、以下のように風刺しています。

“世人は相撲界の両雄、梅、常陸の引分勝負に倦みたり、何となれば両雄の戦ひ常に活気なく、陋劣なる八百長を事とすればなり。幸ひに将に来らんとする五月場所には、新横綱太刀山の現はるべきあり、其の力量其の貫目に於て、足らざる所甚だ多しと雖も、奮発激励、杜鵑を学びて血を吐くの苦心をなさば、猶庶くは世人の蜀望に負かざるに畿かるべし。

 吾人は、梅常陸の八百長相撲よりも、一層甚だしく、政界の両横綱桂公、西園寺侯の八百長政治に厭たり。併も此政界に於ては慢心せる桂関と、稽古嫌ひなる西園寺関とに代るべき新横綱の出でざるは、吾人の一層是を遺憾とする所なり。”

「梅、常陸」とは明治時代の大横綱梅ヶ谷常陸山のことです。当時の相撲はがっぷり四つのまま引分になることが多く、引分狙いの無気力相撲もあったようです。長閥出身の桂を「慢心」、公卿出身の西園寺を「稽古嫌ひ」と評しているのは、ジャーナリストらしいわかりやすい人物評ですね。

下村、中野の両人が相撲を八百長と決めつけた文章を書いたのは朝日新聞社在籍中ですが、案外、相撲自体を論じた文章よりも、スポーツ一般や政治を論じた上記のような文章に当時の「常識」が反映されているのではないでしょうか。

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