『日本サッカー狂会』日本サッカー狂会編 国書刊行会 2007.7
1962年設立の日本代表私設応援団「日本サッカー狂会」史。1965年創刊の会誌『FOOTBALL』から選択された記事と会員(およびウルトラス)の座談会で構成。いわゆる楽屋噺なので、座談会中の固有名詞に丁寧な脚注が付されています。この脚注が凝っていて(スター選手の肖像はできる限り記念切手を使っていたり、ウェンブレーがサッカー・グッズの紙模型だったり)、読むのに時間がかりました。巻末に『FOOTBALL』誌の総目次があります。
『FOOTBALL』誌は、公的機関では秩父宮記念スポーツ図書館が1966~89年分、国会図書館が1976~92年分を所蔵しています(注:国会図書館レコードでは1992年休刊になっているがその後も刊行されている)。謄写版(ガリ版)ではありますが、取材対象や広告主による規制がないので、内容のレベルは商業誌を超えているものも多いです。本誌を商業化して内容をおとなしめにしたのが『サッカー批評』というところでしょうか。
当日誌2001年12月3日で紹介した池原謙一郎 「応援活動にもっと多くの参加を!」も本書で2番目に掲載されています。
本書に採録されている牛木素吉郎「池原謙一郎さんの功績を偲ぶ」(『週刊サッカーマガジン』2004年4月10日号)に、
“狂会とはへんな名前だが、中身は非常にまっとうな、インテリのサッカーファンの集まりである。”
とあるように、最もコアなサッカーファンは“インテリ”でもあったのです。当日誌で再三指摘してきたとおり、日本におけるサッカーは“エリートのスポーツ”としていわゆる名門進学校を中心に普及してきたことと無関係ではないはずです。
私は西宮は甲子園生まれで、周辺にタイガースの私設応援団やってるオッチャンがいたのですが、自営業(関西によくあるお好み屋兼たこ焼き屋で、仕事は奥さんがやってるようだった)でいつも暇そうで、野球して遊んでいると審判をしてくれたり、二軍選手が店においていった折れたバットをくれたりしました。静岡あたりではおでん屋のオッチャンが草サッカーしてたら笛を吹いてくれたりしてるんでしょうかw
お好み屋のオッチャンにはこんな本は作れません!