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浦和と新潟の観客数と入場料収入

Jリーグ各チームの2006年度経営情報が開示されています。年度別入場者数推移(1993~2007)も公表されています。

上記によると、2006年度の浦和と新潟の観客数と入場料収入は、

     観客数(人)  入場料収入(百万円)
浦和  774,749     2,531

新潟  658,050      994

浦和/新潟の観客動員数比は118:100と近接しているのに対し、入場料収入比は255:100と大幅に開いています。観客1人あたりの入場料収入は、

浦和 3,267円

新潟 1,511円

新潟の観客動員力を支えているのはタダ券または割引チケットによる入場者であろうことが推察できます。

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日本サッカーアーカイブ

FC JPAN日本サッカーアーカイブというコーナーができていました。

編年体の「日本サッカー史」、人物列伝の「日本サッカー人物史」、現在のところ中身不明の「バーチャルライブラリ」で構成されています。主たる執筆者は賀川浩氏のようです。Kagawa Soccer Libraryの関連記事にリンクがあります。

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客のプロ-『日本サッカー狂会』

日本サッカー狂会』日本サッカー狂会編 国書刊行会 2007.7

1962年設立の日本代表私設応援団「日本サッカー狂会」史。1965年創刊の会誌『FOOTBALL』から選択された記事と会員(およびウルトラス)の座談会で構成。いわゆる楽屋噺なので、座談会中の固有名詞に丁寧な脚注が付されています。この脚注が凝っていて(スター選手の肖像はできる限り記念切手を使っていたり、ウェンブレーがサッカー・グッズの紙模型だったり)、読むのに時間がかりました。巻末に『FOOTBALL』誌の総目次があります。

『FOOTBALL』誌は、公的機関では秩父宮記念スポーツ図書館が1966~89年分、国会図書館が1976~92年分を所蔵しています(注:国会図書館レコードでは1992年休刊になっているがその後も刊行されている)。謄写版(ガリ版)ではありますが、取材対象や広告主による規制がないので、内容のレベルは商業誌を超えているものも多いです。本誌を商業化して内容をおとなしめにしたのが『サッカー批評』というところでしょうか。

当日誌2001年12月3日で紹介した池原謙一郎 「応援活動にもっと多くの参加を!」も本書で2番目に掲載されています。

本書に採録されている牛木素吉郎「池原謙一郎さんの功績を偲ぶ」(『週刊サッカーマガジン』2004年4月10日号)に、

“狂会とはへんな名前だが、中身は非常にまっとうな、インテリのサッカーファンの集まりである。”

とあるように、最もコアなサッカーファンは“インテリ”でもあったのです。当日誌で再三指摘してきたとおり、日本におけるサッカーは“エリートのスポーツ”としていわゆる名門進学校を中心に普及してきたことと無関係ではないはずです。

私は西宮は甲子園生まれで、周辺にタイガースの私設応援団やってるオッチャンがいたのですが、自営業(関西によくあるお好み屋兼たこ焼き屋で、仕事は奥さんがやってるようだった)でいつも暇そうで、野球して遊んでいると審判をしてくれたり、二軍選手が店においていった折れたバットをくれたりしました。静岡あたりではおでん屋のオッチャンが草サッカーしてたら笛を吹いてくれたりしてるんでしょうかw

お好み屋のオッチャンにはこんな本は作れません!

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新規コンテンツ

日本最初のサッカー・リーグと日本へのFAカップ贈与をめぐって」を追加しました。

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親子二代の殿堂入り

東京・メキシコ両五輪代表のFBだった片山洋氏が日本サッカー殿堂入りされました。

片山洋氏の父、片山豊氏も米国自動車殿堂(Automotive Hall of Fame)入り(1998)しています。自動車殿堂は1967年に始まり、日本人で殿堂入りしてるのは、本田宗一郎(1989)、豊田英二(1994)、田口玄一(1997)に続いて4人目、その後殿堂入りした梁瀬次郎(2004)、石橋正二郎(2006)を加えても6人だけです。品質管理が専門の工学者田口氏を除けば、ホンダ、トヨタ、ヤナセ、ブリヂストンのトップと日産のサラリーマン?だった片山氏だけで、片山氏がいかに傑出したクルマヤだったかがわかります。同年に殿堂入りしているのはシトロエンやオペル一族です。氏の業績については、ハルバースタムの『覇者の驕り』や新井敏記『片山豊 黎明』をご参照ください。ホンダやトヨタのように自動車殿堂入りするようなトップがいなかったというのが外資の軍門に下った日産の悲劇だったんでしょうね。

アメリカ人以上にアメリカに適応し、小型ピックアップトラックを最初に市場に出した人物の息子が日産のライバル三菱重工に入社し、非アメリカンスポーツのサッカーで殿堂入りしている・・ ユニークな親子のようです。

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