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川本泰三の竹内悌三、堀江忠男・評

いまは亡き『イレブン』1972年5月号の「川本泰三放談 ゾーン・ディフェンスのすすめ 一対一に強くなってこそ可能なカバーリング」にベルリン五輪のFBだった二人を評した部分があります。ひとしきりゾーン・ディフェンス論を展開した後、

“賀川 さて以上のディフェンス論から印象に残る選手はどうですか。

川本 われわれの時代は2FBから3FBへの切換えの時代だったが、そのころでいうと
竹内悌三、堀江忠男の二人がやはり最強のフルバック・ペアだったろうね。ベルリン大会の
フルバックだ。竹内さんは主将、東大OBで、のちにシベリアで戦病死された。一方の
堀江君は早大、いま教授でサッカー部長だ。この二人は全く逆のタイプだが、二人を
合わせるとディフェンスというものの姿が浮かんでくるね。

 竹内さんは非常に理詰めなのや。彼の場合はね、前のサイド・ハーフがインナーとか
ウイングをまずチェックするでしょう。すると、そのときに出てくるボールのコースを
よーく読んで、たとえばインナーからウイングへパスが出たら、ウイングへ渡る瞬間を
パッとタックルする。そのタイミングというか間合いというか、それが極端にうまかったな。
だから竹内さんの場合は、前の味方に攻撃の方向を規制させて、そのあとを締めくくろう
という守りなのだ。少し身体が弱くて、脚は速かったが、余り無理はせず、理詰めの読みは
すばらしかった。もう一つの特色はキックのいいことだった。左のFBで右のウイングへ
サイドキックでスパッとパスしたからね。斜めのクロスだから70メートル近いだろう。
それに正確だ。まさにバックが攻撃の第一歩を作るという感じだったな。

大谷 すべてサイドキックだという話は聞いていましたね。

川本 堀江の場合は、全く対照的でね。彼は卒業のときの学業成績は全優だった。早大
サッカー部ではまさに空前絶後やないだろうか。ところが、これほど理詰めでないサッカーは
なかったね。体は柔らかいし、理論は持っておるがやることはむちゃくちゃというか、
頭からタックルに飛込んでみたり、相手がこわがることばかりや。その守り方というのは、
竹内さんとは逆に、自分がまず飛込んで、仮りに抜かれても相手の方向を規制する。
自分はやられてもそれをカバーしている次の味方が取ることになる。

大谷 片方は捨石を使ってその効果をうまく拾う人、堀江さんの方はむしろ捨石そのものの
方のタイプですな。

川本 タイプとしてはね。しかし堀江自身はやられてばかりじゃない。これも試合向きで、
どっかにひっかかるんだよ。スライディング・タックルが専門でね。このタックルのポイントは
いかに素早く起上がるかにあるのだが、実にそれが速くてね。一度抜いても少しテンポを
ゆるめるとまたやられるんだよ。体を張るプレーといってもいいな。このように、一方は
カバーリングと他方は相手の攻撃方向の規制、この二つの守りのポイントのどちらかを
主力としている全く違ったタイプで、たまたまそうなったのだが、どちらもそれだけの
効果をあげていたね。”

竹内氏はいまなら宮本タイプ。サイドキックのベッケンバウアー?
堀江氏といえばなんといっても“ヘッドスライディング”、写真をどこかで見た記憶はあるのですが、残念ながら何に載っていたのか覚えていません。写真があれば引き伸ばしてパネル化し、サッカーミュージアムの展示物にすればよいのではないでしょうか。

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