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JFAシンボルマークの商標

特許電子図書館の商標検索でみられます。「JFA」(全角大文字)で検索してください。30件ヒットします(2008年10月31日現在)。「一覧表示」ボタンをクリックすると全件の簡略レコードが表示されます。最も新しい登録番号5159350の【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】は、

被服の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,履物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,かばん類及び袋物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,身の回り品(傘・つえ用金属製石突き・ステッキ・つえ・つえ金具・つえの柄を除く。)の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,飲食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,酒類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,清涼飲料及び果実飲料の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,茶・コーヒー及びココアの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,印刷物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,紙類及び文房具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,運動具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,おもちゃ・人形及び娯楽用具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供

です。「やたがらす」、「ヤタガラス」、「八咫烏」でも登録がありますが、サッカー協会とは無関係です。清酒「やたがらす」の蔵元北岡本店は商標登録してないようです。まあ、類似商品が出ることはまずなさそうですが。

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山形の残り試合

J1昇格が見えてきた山形の残り試合は、

11/09 徳島 13:00 山形 (鳴門大塚)  15位
11/23 山形 13:00 熊本 (NDスタ)   13位
11/30 愛媛 13:00 山形 (ニンスタ)   14位
12/06 山形 12:00 水戸 (NDスタ)   10位

見事に下位チームばかりですなあ。

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三千世界の烏を殺し

「熊野の烏」といえば落語の世界では三枚起請

リンク先は桂米朝師バージョンですが、明治時代あたりの時代設定になっている(五十銭という言葉がでてくる)ようで、“起請? へぇ~っ、古風な色事やってんねやなぁおい「起請誓詞を取り交わし」てな、弘法大師にまだ髷があって寺子屋へ通てた時分の話やで。よぉそんなことやってるなぁ”という台詞がでてきます。米朝師バージョンもそうですが、この噺を演る場合、「起請文に書いた約束事を破ると熊野の烏が死ぬ」ということを観客に知っておいてもらわないと、サゲの意味が通じません。この噺ができた頃は、マクラで説明する必要がないくらいの「常識」だったんでしょうか。

起請文は熊野牛王符の裏に書いたそうですが、護符に描かれた烏は三本足ではないようです。

20年以上前に本牧亭で古今亭志ん朝師の三枚起請を聴いたことがありますが、志ん朝師は三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたいという都都逸をマクラに使っていた記憶があります。その頃上野に住んでいたので、カラスは殺したいくらいウルサイものだというのは大変説得力がありました。

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建国神話に出てくる動物をチームのエンブレムにしている例

として思いつくのは、トッティ擁するAS Romaの牝狼です。ローマを建国したロムルス、レムス兄弟に乳を与えている図案で、これはローマ市の紋章でもあります。

考えてみれば、ヨーロッパの大部分は古代ローマの属州で、現在の大都市もローマ時代以降に成立したものが多いので、「建国神話」がある国や市は少ないはずです。ましてや、南アメリカの諸国家に建国神話などあるはずがありません。

ヨーロッパの場合、ナショナル・チームのエンブレムに図案化されている動物は、イングランドのライオンを始めとして、王室の紋章に由来することが多いようです。

建国神話に出てくる動物をナショナル・チームのエンブレムに図案化できる国はそうは多くないわけで・・

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国定教科書における「八咫烏」

1931年大日本蹴球協会のシンボルマークに採用され、現在も日本代表のエンブレムとして使用されている八咫烏(三足烏)だが、なぜこのキャラクターが選ばれたかについては、2説が考えられる。

1) 日本サッカー草創期の指導的人物で日本最初のサッカー専門書『アッソシエーションフットボール』の事実上の著者である中村覚之助が和歌山県熊野地方の出身であり、1931年当時シンボルマーク制定の中心人物であった内野台嶺が先輩中村の出身地のシンボルである八咫烏を採用した。すなわち、協会主導で八咫烏が選択された。

2) 実際に図案を作成した日奈子実三は、現在も宮崎神宮に残る「八紘之基柱」のような日本の建国神話(神武天皇の事跡)を作品の一連のテーマとしている。すなわち、デザイナーである日奈子主導で八咫烏が選択された。

必ずしも二者択一的に決定されたということはなく、両方の要因が重なった可能性もあるかもしれない。

ところで、現在の八咫烏は熊野地方ローカルな存在(というよりも、JFAのキャラとして知られているかも)だが、戦前の小学校国定教科書では八咫烏が歴史教育でとりあげられており、日本国民全員がそのキャラを知っていたことに留意すべきであろう。

戦前の教科書を復刻した『日本教科書大系 近代編』(講談社,1961-1967)に収録されている1931年に最も近い歴史教科書は、昭和9(1934)年刊行の文部省編『尋常小学国史』だが、「第二 神武天皇」に以下の記述がある。

“天皇は、河内から大和へお進みにならうとした。わるものどものかしらに長髓彦といふものがゐて、地勢を利用して御軍をふせぐので、これをうち破って大和へおはいりになることは、むづかしかった。そこで、天皇は、道をかへて、紀伊からおはいりになることになった。そのあたりは、高い山や深い谷があり、道のないところも多かったので、ひととほりのお苦しみではなかった。しかし、天皇は、ますます勇気をふるひおこされ、八咫烏を道案内とし、兵士をはげまして、道を開かせながら、とうとう大和におはいりになった。”

残念ながら、復刻版の『日本教科書大系 近代編』ではこの部分にあるはずの「絵」が省略されているが、オリジナルには「神武天皇を先導する八咫烏の絵」もあったのかもしれない。八咫烏は金鵄(金色のトンビ:勲功抜群の軍人に授与された金鵄勲章はこれに由来)と並んで神武東征でツートップの役割を果たしたナショナル・ヒーローであり、ナショナル・チームのシンボルとしてふさわしいものだったはずである。

重要なことは、現在と違って、八咫烏は、「歴史的事実」として義務教育で教えられた、日本国民として知っておかなければならない常識であったことである。JFAのシンボルとして採用されたのは、もちろん「足」が強調されたキャラクターにもよるが、サッカー関係者の縁やデザイナーの好みよりも、全国民が共有する国民的常識であったことが、最も決定的な要因であったと考えられる。

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新聞データベース

朝日新聞は創刊(明治12:1879年)以降をデータベース化とのこと。→同社HP

データベース化で先行した読売新聞は、オンライン版(これまではCD-ROM版)も提供するとのこと。→同社HP

朝日の130年に対して、読売が135年を強調しているところが・・(笑

昔の新聞といえばマイクロフィルムを回していたのが過去のことになりそうです。

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深尾(隆太郎)家の出身地

JFA第2代会長の深尾隆太郎は土佐藩筆頭家老の深尾氏の子孫です。深尾氏は藩主山内氏に次ぐ土佐藩中の名家で、深尾氏から藩主を出したこともあるはずです。佐川の領主で1万石の石高のある小大名並み、領内では死刑を含む裁判権をもつ半独立的な実質「佐川藩主」的存在でした。

深尾氏の家臣であった田中光顕が維新史の記録を収集した図書館・博物館である青山文庫(せいざんぶんこ:青山は田中の号)があって、私は訪問したことがあります。司馬遼太郎の小説に出てくる、山内容堂が勝海舟に渡した坂本龍馬脱藩の赦免状がありました。建物は立派とはいいかねますが、コレクションは充実していて、近ごろ流行りのハコモノ博物館とは一味異なります。町立ではありますが、立派な紀要も刊行しています。

現在の佐川は土佐地酒の雄、司牡丹の城下町?みたいな感じで、現地に行くと同社の存在感が際立っています。同社HPの司牡丹の由来にも深尾氏との関わりが記されています。

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高橋龍太郎の生家

四国旅行で内子に寄ったらJFA第3代会長高橋龍太郎の生家というのがあり、無料で見学できました。→文化交流ヴィラ「高橋邸」(愛媛県内子町)

政財界人であり、野球史上高橋ユニオンズのオーナーとしても著名な人物です。サッカー関係展示物はサッカー殿堂の楯?がありました。

成金趣味でない趣のある建物・調度で、安く宿泊もできるようです。付近に飲食店もたくさんあるので、夕食に困ることはなさそうです。内子町は山の中ですが、八幡浜も近く、旨い魚も食べられるようです。

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