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戦前の全国中等学校蹴球大会の年齢制限に関する『蹴球』誌記事

戦前の全国中等学校蹴球大会の年齢制限については、本ブログの「全国中等学校蹴球大会の年齢制限」と「全全国中等学校蹴球大会の光と陰」に記しましたが、第2次年齢制限に関する具体的内容が大日本蹴球協会機関誌『蹴球』にありました。

第3号(1933年4月)収載「昭和八年度全国代議員会(1933年4月2日)」

“L、大毎主催全国中等学校大会出場選手年齢之件

従来は本大会出場選手年齢は二十一歳であったが、之を十九歳となされたき旨の提案に対し、本件は同大会の評議員会にて十分考究の上時期代議員会にて決定する事とす。”(p.29-30 16/19コマ目)

第6号(1933年10月)収載「全国中等学校評議員会(1933年9月10日)」の項

“一、九月十日 午後三時

一、於大阪毎日新聞社

一、出席者 鈴木重義、神田清雄、田辺治太郎、高田正夫、玉井操、前田紀一、岩野次郎、松田静

一、協議決定事項
本大会予選区域及代表数 前年通り
本大会規定 従前通り 但出場選手資格中年齢を「大正二年四月一日以降出生のものに限る」と訂正す。”(p.14 9/18コマ目)

従来21歳以下であった年齢制限が19歳以下に強化されています。師範学校生は「尋常小学校6年+高等小学校2年+師範学校5年」で、ストレートに進学、進級しないと年齢制限に引っ掛かります。この制限が適用された第17回大会(1935年8月)以降、中学校の出場が増え、優勝校は中学校優勢になりますが、この年齢制限の影響だと考えられます。中学生は「尋常小学校6年+中学校5年」だったので、ストレートだと17歳で最上級生(5年生)になります。17歳対21歳では師範学校優位は当然です。

現在サッカー界で定着しているU18などの年齢別化に尽力されたのは、日本サッカー殿堂に掲額されている故・大谷四郎氏ですが、大谷氏は第17回大会(1935年8月)で優勝した神戸一中の主将(1936年卒)でした。大谷氏の尽力が中学校時代の経験に根ざすもののか、ご存命なら聞いてみたいところです。

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