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ワールドカップ関係邦文文献目録

過去に開催されたW杯が同時代の日本にどのように紹介されてきたか、文献を辿ってみたい。
大日本蹴球協会機関誌『蹴球』は第1回W杯の翌年に創刊されたが、はやくもその創刊号にW杯紹介記事が掲載されている。戦前に開催された第1回~第3回大会はすべて『蹴球』誌に紹介されている。特に、第3回フランス大会(1938年)は野村正二郎、島田孝一が観戦しており、日本最初のW杯観戦記が書かれている。
戦後の第4回ブラジル大会(1950年)関係文献は、戦後週刊スポーツ新聞になった『アサヒスポーツ』にベタ記事がある。第5回スイス大会(1954年)は日本は予選初参加。『蹴球』、『Kick-Off』に記事がある。
第6回スウェーデン大会(1958年)は、この大会に合わせて開催されたFIFA総会に市田左右一が出席しており、観戦記を『サッカー』(第二次)創刊号に寄稿している。
第7回チリ大会(1962年)は市田左右一と野津謙が観戦しており、『サッカー』は特集号を組んでいる。
第8回イングランド大会(1966年)にはJFA主催の観戦ツアーとヨーロッパ遠征中の日本代表のあわせて数十人が観戦している。『サッカー』はこれらの人々の観戦記を詳報し、この年創刊されたわが国最初の商業サッカー専門誌『サッカー・マガジン』も小特集を組んでいる。この大会の記録映画『ゴール』は日本でも公開された。
第9回メキシコ大会(1970年)は2年前のオリンピック銅メダルによるサッカー・ブーム下で迎え、大手新聞社、通信社、スポーツ新聞社、ベースボール・マガジン社が初めて特派員を送っている。この大会は録画ではあるが、TV放映もされた。日本不出場にもかかわらず、特派員が派遣され、TV放映されたことは、この大会からW杯が一般に認知されたことを示している。活字、映像ともかつてない量の情報が流れた。最初の商業出版W杯本が刊行され、『サッカー・マガジン』は別冊特集号を組んでいる。
第10回西ドイツ大会(1974年)は『サッカー・マガジン』に加えて『イレブン』(1971年5月創刊)の商業専門誌2誌で迎え、記事数は前回大会より倍増する。『サッカー・マガジン』本誌は1974年2月を『展望号』、同8月を『速報号』として増刊し、さらに本誌とは別に巻号をもつ『別冊サッカー・マガジン』を1974年秋季(総集)と1975年夏季(ゴール集)の2回刊行している。『イレブン』は1974年8月に増刊号を刊行している。本大会の決勝戦は初めて同時中継され、それ以外の試合も録画放映された。

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通史、その他
第1回ウルグアイ大会(1930年)
第2回イタリア大会(1934年)
第3回フランス大会(1938年)
第4回ブラジル大会(1950年)第5回スイス大会(1954年)
第6回スウェーデン大会(1958年)
第7回チリ大会(1962年)
第8回イングランド大会(1966年)
第9回メキシコ大会(1970年)-1(本大会前)
第9回メキシコ大会(1970年)-2(本大会、大会後)
第10回西ドイツ大会(1974年)-1(本大会前、1973年まで)
第10回西ドイツ大会(1974年)-2(本大会前、1974年)
第10回西ドイツ大会(1974年)-(本大会、大会後 1974年8月)
第10回西ドイツ大会(1974年)-(本大会、大会後 1974年9月~12月)
第10回西ドイツ大会(1974年)-(本大会、大会後 1975年1月以降)
第11回アルゼンチン大会(1978年)-(本大会前、1976年12月まで)
第11回アルゼンチン大会(1978年)-(本大会前、1977年1月~12月)
第11回アルゼンチン大会(1978年)-(本大会前、1978年)
第11回アルゼンチン大会(1978年)-(本大会、本大会後 1978年7月~12月)
第11回アルゼンチン大会(1978年)-(本大会、本大会後 1979年1月以降)
第12回スペイン大会(1982年)-(本大会前、1981年12月まで)
第12回スペイン大会(1982年)-(本大会前、1982年1月~7月)
第12回スペイン大会(1982年)-(本大会、本大会 1982年7月~12月)
第12回スペイン大会(1982年)-(本大会、本大会 1983年1月以降)
第13回メキシコ大会(1986年)

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