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この間嘉納治五郎は③ 体協会長を辞任

1921(大正10)年2月11日帰国した嘉納は1週間たたないうちに、体協会長辞任の意向を漏らします。

『東京朝日新聞』1921(大正10)年2月17日付

嘉納会長体育協会を辞任せん
    極東大会へ万国オリムピック使節として参加する都合で
        ◇台湾人も参加の希望

来る五月上海で開催される極東オリムピック大会に就ては已に本社特電の報ずる通り支那及び比律賓の意気込みは素晴らしいもので我体育協会や大阪青年運動倶楽部でも亦オール日本の立派な代表選手を派遣すべく目下頻に其の手配や準備に忙殺されて居るが今回は流石に我文部当局でも多少覚醒する所があると見え物質以外に於て出来得る丈け便宜を謀るべく声明したとの事である。又一方先頃帰朝した日本体育協会の会長嘉納治五郎氏は滞欧中万国オリムピックの極東委員に任命されたので今回の極東オリムピック大会には万国オリムピックの使節として参加する事となるべく、従って日本体育協会長の資格は却て種々の不都合を来す事があるとて体育協会側とは此の際断然縁を切るべしとの意見を漏らしたさうである。之は未だ公式辞任ではないが体育協会でも後任者については当然熟考詮議を要する事となるであらう。右に就き副会長岸清一博士は語る『嘉納会長が帰朝後の御意見では何か余程大きい仕事、而も言明はされぬが何か民力涵養の国家的重大事業を計画されて居る様です。そんな関係で体育協会の方は罷めたいと云ふ御希望も漏らされましたが未だ公式に辞任された訳ではありません』と。尚今回の極東大会は台湾人も日本選手として参加したいと云ふ事を上京中の下村民政長官から申込みあり又朝鮮人も参加希望があるとの事であるが此の点に就ても岸博士は次の如く語った『大変結構な事で台湾人はジャンプを得意とするとの事である。又台湾に居る内地人で百米突十一秒五分の一の記録を持って居る者があると下村君が言って居ました。之は都合五人ですが何等かの方法で或は認める事になるでせう。朝鮮人の方は未だ申込はないが希望者があれば朝鮮で第一予選をやり第二予選はこちらへ来て貰ひたいものです』” 

『東京朝日新聞』1921(大正10)年4月19日付

新会長に岸博士
    大会参加資格問題も決定す

嘉納治五郎氏は今春欧米視察より帰朝の後予て大日本体育協会長の職に対し辞意を漏して居たが第五回極東大会の期日切迫と共に愈々辞職と決し理事会維持委員会の協議の結果副会長岸清一博士が会長の職に就き嘉納氏は名誉会長たる事を承認した。かくして上海の大会前東京の予選会の時機の迫った折[?]都下運動記者団より抗議中であった車夫配達夫等を職業者と認める理由如何の件に関し事重大なれば上海大会後直ちに天下の輿論に訴へて決定し今回は従来[?]ろて車夫配達夫等を営業としたる者は参加資格なし」との規定を「一年前に同職業を罷めた者は参加差支なし」と云ふ事と訂正したと同時に従来例外として認めた体育教師及び競技コーチャーを国際競技上此の際参加遠慮して貰ふ事を決議し発表した。”   

新聞記事では会長が代わった日時が不明ですが、『日本体育協会七十五年史』(日本体育協会 1986)には以下の記述があります。

“嘉納会長はアントワープのオリンピック大会からの帰国途中に本会会長辞任の決意を固められたと想像される。

 帰朝歓迎会は大正十年二月十五日帝国ホテルで開かれたが、嘉納会長の辞任申し出に対し三月二日の理事会で留任を懇請したが、辞意固きため、三月八日の評議員会(帝国ホテル)でこれを承認、同時に名誉会長に推薦し、併せて理事、幹事の選任を行い、岸清一新会長が生まれた。”(p.69)

『讀賣新聞』にも会長交替の記事はありませんでした。1921(大正9)年3月8日に新旧会長の交替が正式決定したのですが、記者発表などはなかったのでしょう。『東京朝日新聞』の記事は1カ月以上遅れています。会長交替が円満なものでなく、不本意なものであったろうことが示唆されているように思われます。

「参加資格問題」とは、前年1920(大正9)年11月駒場運動場で実施されたマラソンで1~5位をしめた車夫らを失格とした問題のことです。

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