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1934年第10回極東大会に関する論文

1934年第10回極東大会は満州国参加問題で紛糾し、結局これが最後になるのですが、その顛末に関する以下の論文の全文に無料アクセスできます。

高嶋航 「満州国」の誕生と極東スポーツ界の再編 京都大学文学部研究紀要 (47) 2008 p.131-181

この問題にはサッカーの代表監督竹腰重丸が体協役員として関わり、そのためもあって準備がうまくいかず、オランダ領東インドに大敗し、中華民国にも敗れてしまいます。→代表タイムライン 

竹腰は体協から満州国体育協会に派遣されるのですが、その詳細は「第二章 第五節 大日本体育協会と満州国体育協会の決裂」(p.161-167)に記されています。

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