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岡部平太の伝記におけるFIFA関連の記述

岡部平太の伝記『日本スポーツを救え : 野人岡部平太のたたかい』(田中館哲彦著 平凡社 1988)に、体協の国際陸連加盟のいきさつ(体協対アンチ体協の日本の2団体が加盟申請して体協の加盟が認められた→「体協の国際陸連加盟の経緯」)の記述の後に以下の記述があります。

“なおこのとき、大阪体協の竹内広三郎は同様の問題がゆく先日本の蹴球協会(現在の日本サッカー協会)にふりかかることを懸念し、岡部に相談をもちかけた。そこで岡部は竹内と連れ立って国際サッカー連盟の会長の下を訪れ、彼が数ポンドの加盟金を納めて日本蹴球協会が国際連盟に加入する手続きをサポートした。それは日本の競技団体がIFに加盟した最初の出来事であった。”(p.95)

竹内広三郎は1917年極東大会サッカー日本代表のCH、すなわち最初の日本代表で、岡部と同様1924年パリ・オリンピックのサッカー観戦記「ウルガイ蹴球チーム」も残しています。1921年の大日本蹴球協会結成時に「委員」(p.63)として名を連ねています。

大日本蹴球協会がFIFAに加盟するのは1929年なので、この記述は完全な間違いであると考えられます。1925年に結成されることになる陸連は上記のいきさつから体協とは犬猿の仲となるのですが、同様の問題がサッカーにも生じないかと心配した人がいても不思議ではありません。

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