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無事だった本家旅館

岩手県田野畑村の本家旅館に泊ったことがあるので、津波でどうなったかを心配していましたところ、さるブログ記事で無事なのを知りました。田野畑村でも高台にあったので津波には直撃されなかったようです。料理が素晴らしく、刺身だけで満腹するくらいの量があり、松茸(10月に宿泊した)がたくさん出たのにびっくりしました。なにしろ横手の鮮魚店の団体が同宿していたくらいです。名物はドンコのうしお汁で、見た目はよくないドンコですが、身離れのいい白身の上品な味でした。帰りに寄った宮古の市場では3尾千円と下魚扱いでした。関西で獲れたら鯛、甘鯛、鱧と並んで京料理の頂点に君臨したでしょうに。

後で知ったのですが、吉村昭氏が『三陸海岸大津波』(初題は『海の壁』)の取材のため宿泊されていたそうです。

奥尻島の洋々荘にも宿泊したことがあったのですが、北海道南西沖地震で旅館ごと土砂に埋まり、女将さんも含めて十数名が亡くなりました。→1993年7月12日/北海道南西沖地震現地調査(防災システム研究所) 上から3番目の写真

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