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岡部平太のパリ・オリンピックサッカー観戦記⑦ 「瑞典対埃及(塁手の神経)」『世界の運動界』より

参考:1924年パリ・オリンピック記録(FIFA)

“第二勝戦には瑞典と埃及が第一に打突かった。一はスカンヂナビヤの雪に鎖された処からやって来たティームで、一は砂漠に落つる夕陽の影長きナイルの岸から遙々遠征を企てたティームである。そうして実力はまだどちらも未知数とせられてゐるのであった。

 今日はボアの公園でテニスの練習に夢中になってゐたものだから郊外の遠いパーシング競技場に駆けつけた時は試合開始十分を過ぎ瑞典が既に一点を入れ、埃及が猛烈にスエーデンのゴールに迫って行く処であった。

 何ちらもティームワークは粗い。ボレーや塁蹴は高く揚って夏雲の中に這入った。三十分した頃瑞典はレフトより廻した球を右翼塁前にシュートしてまた一点を加へた。埃及のティームは個人個人の技量は相当であった。特に前衛間の連絡はよい。けれ共前衛と中衛の間に脈絡をかき、後衛の守備は極めて粗雑だった。右フルバックの大きすぎるストライドは最大の欠陥でそこで常に瑞典の左翼に球を取られた。左フルバックの黒人も痛快なキックはあるがモーションがわるくよく抜かれ常に同様の方法で得点された。即ち瑞典の左翼は走力を利してサイドを廻りそこから少し斜にゴールを越へて右翼に送る。右翼はそれを塁手の背後からゴールした。思ふに埃及は恐らく今日迄ハードゲームをやった事のない楽に勝って来たティームだらう。常に前衛戦だけで勝ち通して来たに相違ない。後衛及び塁手の技巧稚拙で、フルバックもハーフも圧迫され出すとすぐ塁前に集まって来て自らゲームを混乱に導いた。瑞典は相手の弱点を衝き、強大な体力で悠々と圧迫を続け乍ら5-0で勝った。

 僕はこのゲームを見乍ら、始終ゴールキーパーの神経といふ事を考へた。瑞典の得た五点の得点の中最初の一点は何うしてスコーアされたのか知らないが後の四点は若しその責任の所在を厳密に批評的に見るならば殆んど全部埃及の塁手の神経の遅鈍にあったと思ふ。よし形の上からは常に必ずしもさうでなかったとしても、事実上責任は全部塁手が負ふべきものと思ふ。

 元来塁手が塁を守る時、若し塁を離れて守備しようとすれば其の距離が遠ければ遠いだけ相手のゴールに対する蹴射角は縮められ、従って得点の率は少なくなる。其かわり若しドッヂングかパスされて抜かれたら相手の得点率は百分の百にまでなる危険性がある。又若し塁手が退いて守備に就く時は一歩二歩とだんだん退く程、蹴射角は開いて来てゴールの線上では九十度即ち百分の百の危険率となる。そのかわりにこの時塁手自身の身体を以て防ぎ得る守備の可能性は正比的に増して来る。この理論の適用は塁手の防御の技巧ではなくて寧ろ其神経の資質に対して要求せられる根本的のものであらねばならぬ。

 スポーツは何にかぎらず或一点に於ては必ずこの種の危険性を帯びてゐる。肉体的にか精神的にかこの危険の一線に対して冒険を企てる処にスポーツ本来の興味がある。即ちサイエンテフヒックに思慮し尽しても、もうこれより先は一歩も踰へられぬと感じた次の瞬間に俗に云ふ一か八か乗るか反るかといふ場合が残る。所謂クライシスに見舞はれた時である。そこは理屈ではない。寧ろ神経である。

 ア式蹴球にあって相手が味方の後衛線内に這入った時から塁手は常にこの危険と冒険に直面して居らねばならぬ。相手のシュートが成功した時其時の場面だけ見ると普通塁手には己を得なかった得点の様に見へる事がある。けれ共一歩深く衝き込んでそれ以前の経過を考へ、それに処する塁手の神経をまで批評的に見る場合には必ずしも得点出来ないといふ場面をも想像されるのである。塁手はペナルティーエレア内ではただ一人両手を使用する事を許されたプレヤーである。従って活動の範囲は前後上下、両側に対し最も広い。例へばコーナーから飛んで来た球に対し密集の中に其防御の効を全ふする事も判断である。然し密集に来る前に其最も広い活動力を以て飛び出してより安全に守り得るかも知れない。フルバックが抜かれた時前進すべきか退いて守るべきか其危機一髪の際に処する判断は全く塁手一人の天地で千萬語の理論だって何の役にも立たないであらう。そのかわりその塁手を資格づける厳正な批評はこの際に於ける塁手の神経にまで及ぶであらう。丁度ベースボールで遊撃手がゴロを掴んだ時、一塁に投げて万全を期するか二塁への走者を刺してダブルプレーの冒険に出づるか、そこには思慮が要る。而し思慮だけでは行かぬ神経が要る。鍛ひ練られた敏感にして強靭な神経が要るのである。

 この日コロンボでは巴里市民の熱烈な応援も其効なくフランスティームは遂に強敵ウルガイに5-1のスコーアで破れた。

 和蘭 2-1 愛蘭
 瑞西 2-1 伊太利
 ウルガイ 5-1 フランス
 瑞典 5-0 埃及”(p.289-292)
 

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