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日本サッカー通史の試み⑪ 日本最初のサッカーリーグ、英国大使銀杯争奪リーグ戦(仮称)

11. 日本最初のサッカーリーグ、英国大使銀杯争奪リーグ戦(仮称)

 第3回極東選手権の翌年1918年には当時の東京の強豪チームを網羅したリーグ戦が英国大使館員ウィリアム・ヘーグ氏の主催によって開始される。このリーグ戦は大日本蹴球協会創立につながるサッカー史上重要なリーグ戦なのであるが、不思議なことに、従来のサッカー史文献ではとりあげられていない。東京蹴球団員だった原島好文氏の回想「ソッカー十年の思ひ出」『運動界』誌10巻4号(1929年4月)p.36-45 に以下の文章がある。

“その頃英国大使館員だったヘーグさんが司会者となって英大使トロフィー争奪のリーグ戦を始めた。加盟ティームは、東京フットボールクラブ、東京蹴球団、高等師範、青山師範、豊島師範、中華留日学生団、朝鮮青年団の七つで、規約は今のカレッヂリーグのそれと異なるところがない。

 其処で東京フットボールクラブと東京蹴球団と英訳して同じになるので困るとかいふので一方には日本と冠し他方には英吉利と冠するやうに何時の間にかなって了ったのだ、私どもも大日本蹴球団と自らも呼ぶやうになった。誰かが何時だったか、大日本蹴球団は芦原将軍が名附け親かと云ったが、その由来は如斯である。

 そのシーズンはイギリスを冠する方の優勝となった。”

このリーグ戦について新聞記事もある。

『読売新聞』1918(大正7)年10月9日付け

“銀杯争奪蹴球  東京蹴球界に於ては今秋より英国大使寄贈の銀杯優勝戦を催すことになり、東京フットボールクラブ(英人)、支那人、東京蹴球団、豊島師範、青山師範、高等師範の六チーム参加し、既に九月二十一日より試合を開始し、青山対高師は一対一、豊島対高師はニ対零にて高師勝ち、東蹴対豊島はニ対零にて豊島の勝ちとなれるが此の優勝戦は明年二月迄続行されるべしと。”

『東京朝日新聞』1918(大正7)10月10日付け

“▲英大使銀盃蹴球戦

近時学生及び一般競技として蹴球流行熱漸く旺となりし[際?]今回英国大使グリトン[ママ]氏は銀盃を寄贈し優勝戦を挙行する事となり既に去月廿一日より開始し居り。参加チームは東京英人団、支那人団、東京蹴球団、高等師範、豊島師範、青山師範にして従来東京横浜等の外人間には銀盃試合ありしも日英支の国際蹴球競技として斯かる催しあるは是を以て嚆矢とすべし。尚今日迄の試合は青山一、高師一、高師二、豊師零、豊島二、蹴球団零にて今後場所及日時の確定せる番組左の如し。
東京蹴球団対英人(十月十二日豊島)▲高師対英人(十九日高師)▲豊島対英人(廿六日豊島)▲支那人対英人(十一月九日高師)▲高師対蹴球団(十日高師) ▲豊島対支那人(十六日豊島)▲青山対蹴球団(十七日青山)▲支那人対蹴球団(廿四日高師)▲蹴球団対英人(三十日青山)等にして本試合は明春二日[ママ] [?][?]挙行さるべしと。”

 上記史料を総合すると、このリーグ戦は、

1) 1918(大正7)年9月21日に始まり、翌年2月までのスケジュールであった(秋春制)。
2) 東京フットボールクラブ(英国大使館)、東京蹴球団、東京高等師範、青山師範、豊島師範、中華留日学生団、朝鮮青年団で構成された。
3) 優勝チームにはグリーン英国大使が寄贈した英国大使銀杯が授与された。
4) 初年度の優勝チームは東京フットボールクラブ(英国大使館)。

 正式な名称は見当たらないので、本稿ではこのリーグ戦を「英国大使銀杯争奪リーグ戦(仮称)」としておきたい。この時点で東大、早慶などの大学にサッカーが普及しておらず、東京高師、師範学校(青山師範、豊島師範)、日本人クラブチーム(東京蹴球団)、日本人以外のクラブチーム(東京フットボールクラブ(英国大使館)、中華留日学生団、朝鮮青年団)という多彩で国際的な顔ぶれであった。

 以下は推測であるが、ヘーグ氏は第3回極東選手権の惨敗を受けて、日本のサッカー水準の向上には定常的なリーグ戦による底上げが必要であると考え、当時の日本人チームだけでは低水準で数も少なかったので、外国人チームも加えたのではないだろうか。ちょうど、1964年オリンピック東京大会後デトマール・クラマー氏が、日本におけるトップレベルのチームによるリーグ戦の必要性を提言したように(翌1965年日本サッカーリーグとして実現する)。これより半世紀後まで、日本には社会人が参加できるトップリーグはなかったのである。学校・クラブの枠を超えた在京トップチームによるサッカーリーグ戦は、極めて先進的な試みであったといえよう。

 英国大使銀杯を英国大使館チームがもらっていてはシャレにならないが、英国大使銀杯争奪リーグ戦(仮称)は英国FAによる銀杯の寄贈、大日本蹴球協会の創立につながっていくのである。

 


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