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日本サッカー通史の試み(25) 東西大学争覇戦

25. 東西大学争覇戦

 1927年極東選手権上海大会で初勝利した日本代表が早稲田大学主体のチームであったことに象徴されるように、日本サッカーの最高峰は大学サッカーとなり、サッカーはカレッジ・スポーツ化した。日本サッカーのトップレベルのチームは関東、関西の大学リーグ1部の上位校となる。1929年には関東、関西の大学リーグ優勝校が対戦する、日本版チャンピオンズ・カップというべき東西大学争覇戦が始まる。最初の試合の3日前、1929年12月22日付『東京朝日新聞』は見出しで「蹴球界空前の決戦」と報じている。戦前は第1回1929年~第13回1942年まで13回行なわれた。結果は以下のとおり。

第1回 1929(昭和4)年12月25日 明治神宮外苑競技場 東大 3-2 関学
第2回 1930(昭和5)年12月28日 南甲子園運動場 東大 2-1 京大 JOBK 
第3回 1931(昭和6)年12月13日 明治神宮外苑競技場 東大 2-2 関学 JOAK第二放送(河西)
第4回 1932(昭和7)年12月12日 南甲子園運動場 慶大 2-1 京大
第5回 1933(昭和8)年12月10日 明治神宮外苑競技場 早大 5-2 京大 JOAK第二放送(河西)
第6回 1934(昭和9)年12月16日 南甲子園運動場 早大 6-0 京大 JOAK、JOBK第二放送(島浦)
第7回 1935(昭和10)年12月15日 明治神宮外苑競技場 早大 12-2 関学 JOAK第二放送(河西)
第8回 1936(昭和11)年12月13日 南甲子園運動場 早大 3-2 神商大 JOAK第二放送(島浦)
第9回 1937(昭和12)年12月12日 明治神宮外苑競技場 慶大 3-0 京大 JOAK第二放送(和田)
第10回 1938(昭和13)年12月4日 南甲子園運動場 関学 3-2 慶大
第11回 1939(昭和14)年12月10日 明治神宮外苑競技場 慶大 4-2 関学
第12回 1940(昭和15)年12月8日 南甲子園運動場 慶大 4-2 関学
第13回 1942(昭和16)年7月4日 明治神宮外苑競技場 東大 8-1 関学

 1921年大日本蹴球協会創立と同時に始まった全日本選手権(現在の天皇杯)もあったが、大学チームはリーグ戦を優先し、全日本選手権を軽視していた。『天皇杯65年史』(日本サッカー協会、1987)に「草創期から「ベルリン」後まで」と題する座談会があるが、東大OBの新田純興は以下のように述べている。

“鈴木(武士):早大WMW,慶応BRBなどはOB現役の混成チームですが、東大LBもそうだったのですか。
新田(純興):コーチのノコさん(竹腰重丸氏)があんまりやかましいので、のんびりやれるチームを作った(笑い)。学生リーグに出ているレギュラーでない連中が、全日本に出て勝ったんだよ。
鈴木:ということは、学生の意識は全日本より大学リーグの方が重要、ということだったんですね。
新田:そうです。LBの方は文句を言われないでやりたい、という連中の集まりだったんだ。”

 現在のヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグが各国のカップ戦と比較にならないくらい重要視され、その決勝は「世界一」チーム決定戦とみなされているのと同様に、東西大学争覇戦は「日本一」チーム決定戦とみなされた。試合会場も当時のナショナル・スタジアムであった明治神宮外苑競技場と南甲子園運動場が隔年で使用され、東西でハンデがないように配慮されている。

 日本で最初にサッカーが(ラジオ)放送されたのも東西大学争覇戦で、第2回1930(昭和5)年12月28日に南甲子園運動場で行われた京大対東大戦だった。その後も1937年までほぼ毎年中継されており、この試合がいかに重要視されていたかの傍証となろう。東京のJOAKで中継を担当した河西氏とは1936年オリンピック・ベルリン大会中継の「前畑ガンバレ」で知られる河西三省アナウンサーである。ちなみに、英国(BBC)最初のサッカー中継は1927(昭和2)年1月22日のアーセナル対シェフィールド・ユナイテッド戦(於ハイベリー)であり、日英のサッカー初中継にそれほど時間差はなかった。

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1930(昭和5)年12月28日付大阪朝日新聞朝刊ラジオ欄

 13回の東西対決の結果は、関東の11勝1敗1分けで、関東の圧勝だった。「アウェー」の南甲子園運動場で開催された試合でも5勝1敗であり、大学サッカーは東高西低だったといえる。

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