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日本最初の女子サッカー試合?

『読売新聞』における国内「女子サッカー」初出記事でもあります。

『読売新聞』1967年3月20日「いずみ」

“十九日、神戸市立王子陸上競技場で開かれた兵庫サッカー友の会主催「第一回神戸サッカーカーニバル」で、珍しい女子のサッカー試合が行われた。

 福住女子サッカースポーツ少年団(灘区)と神戸女学院中等部(西宮市)の一戦で、主審、線審も女性ばかり。試合時間は前、後半でニ十五分と正規のルールの三分の一で、前半は互角だったが、福住が後半に決勝点をあげ1-0で“おねえさんチーム”の鼻をあかした。

 両チームとも昨年十一月結成されたばかりで、試合運びもまだぎことなかったが「勝敗はともかく男性のスポーツにどこまで女性の力が通用するか、こんごもためしてみたい」とは関係者の弁。”

1967年3月19日に福住女子サッカー少年団対神戸女学院中等部が行われ、両チームとも1966年11月に結成されたと記されています。これより古い女子サッカー試合記録があるのでしょうか?

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中学校学習指導要領「保健体育」におけるサッカーのジェンダー

国立教育政策研究所「学習指導要領データベース」で各年度の中学校学習指導要領「保健体育」における「サッカー」の取り扱いは以下のとおり。

中学校学習指導要領(昭和33年10月1日施行)の保健体育では “((サッカー))(男子のみ)” とあり、サッカーは「男子」スポーツの位置づけだった。

中学校学習指導要領(昭和47年4月施行)の保健体育でも “(サッカー)(男子)”と同様になっている。

中学校学習指導要領(昭和56年4月施行)の保健体育では、

“C 集団的スポーツ
(1) 次の運動の技能を習得し,集団的技能を生かした攻防の仕方を考えてゲームができるようにする。
ア バスケットボール
イ バレーボール
ウ サッカー

(2) チームにおける自己の役割を自覚して,その責任を果たし,互いに協力して練習やゲームができるようにする。”

“(4) 内容のCの(1)の運動については,これらのうち二を選んで指導するものとする。
 なお,バスケットボールに代えてハンドボールを指導することができるものとする。”

となって、性差(ジェンダー)はなくなっているものの、実際には女子はバスケットボール、バレーボールを選択したと考えられる。

中学校学習指導要領(平成5年4月施行)の保健体育でも

“E 球 技
(1) 次の運動の技能を身に付け、攻防の仕方を工夫するなど作戦を立ててゲームができるようにする。
ア バスケットボール又はハンドボール
イ サッカ-
ウ バレーボール
エ テニス、卓球又はバドミントン
オ ソフトボール

(2) チームにおける自己の役割を自覚して、その責任を果たし、互いに協力して、計画的に練習やゲームができるようにするとともに、勝敗に対して公正な態度がとれるようにする。”

“オ Eの(1)の運動については、これらのうちから二を選択して履修できるようにすること。”

とあり、女子はサッカー以外の球技を履修したと考えられる。

中学校学習指導要領(平成14年4月施行)の保健体育

“E 球 技


(1) チームの課題や自己の能力に適した課題をもって次の運動を行い,その技能を身に付け,作戦を生かした攻防を展開してゲームができるようにする。


ア バスケットボール又はハンドボール

イ サッカー

ウ バレーボール

エ テニス,卓球又はバドミントン

オ ソフトボール

(2) チームにおける自己の役割を自覚して,その責任を果たし,互いに協力して練習やゲームができるようにするとともに,勝敗に対して公正な態度がとれるようにする。また,練習場などの安全を確かめ,健康・安全に留意して練習やゲームができるようにする。

(3) チームの課題や自己の能力に適した課題の解決を目指して,ルールを工夫したり作戦を立てたりして練習の仕方やゲームの仕方を工夫することができるようにする。”

“オ 「E球技」の(1)の運動については,これらのうちから二を選択して履修できるようにすること。なお,地域や学校の実態に応じて,その他の運動についても履修させることができること。”

中学校学習指導要領(平成15年12月改正)の保健体育

“E 球 技
(1) チームの課題や自己の能力に適した課題をもって次の運動を行い,その技能を身に付け,作戦を生かした攻防を展開してゲームができるようにする。
ア バスケットボール又はハンドボール
イ サッカー

ウ バレーボール

エ テニス,卓球又はバドミントン

オ ソフトボール

(2) チームにおける自己の役割を自覚して,その責任を果たし,互いに協力して練習やゲームができるようにするとともに,勝敗に対して公正な態度がとれるようにする。また,練習場などの安全を確かめ,健康・安全に留意して練習やゲームができるようにする。
(3) チームの課題や自己の能力に適した課題の解決を目指して,ルールを工夫したり作戦を立てたりして練習の仕方やゲームの仕方を工夫することができるようにする。”

“オ 「E球技」の(1)の運動については,これらのうちから二を選択して履修できるようにすること。なお,地域や学校の実態に応じて,その他の運動についても履修させることができること。”

中学校学習指導要領(昭和47年4月施行)までは、サッカーは男子向けスポーツと位置づけられていたが、その後、球技では性差は明示されなくなる。とはいっても、サッカーが男女共修化されたのではなく、女子はサッカー以外の2種目を履修できた。

学習指導要領の種目別性差で注目されるのは球技よりも、武道とダンスで、平成に入ってこれらが男女共修になっていることであろう。


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『蹴球』誌の広告 スポーツマンホテル

大日本蹴球協会機関誌 『蹴球』3巻2号 1935.4 p.13に「甲子園 スポーツマンホテル 電話西宮749番」とあります。

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経営者はスポーツ文献のコレクターとして知られた田尾栄一氏で、その蔵書は『体育・運動競技図書目録 第1号』(スポーツマンホテル 1941)に編纂されています。サッカー関係の蔵書は p.25に掲載されています。

野球体育博物館の『ニュースレター』21巻1号 2011.4 p.5に掲載された宮坂忠子(田尾栄一の次女)「スポーツマンホテルのこと」によれば、甲子園のホテルは進駐軍に接収された(ということは戦災にあわなかった?)ので、戦後大阪心斎橋に移転したとのことです。田尾氏のコレクションは野球体育博物館、秩父宮記念スポーツ博物館、芦屋市立図書館の田尾スポーツ文庫に寄贈されたとのことです。 

戦後は毎日オリオンズと読売巨人軍の定宿として利用されたそうです。

1934年第10回極東選手権時にスポーツマンホテルに宿泊していた選手が暴漢に襲われた事件がありました。満州国参加問題で体協がボイコットしなかったことに怒った右翼5名が1936年4月27日午後10時32分にこん棒を持って乱入し、警戒中の警官と乱闘になり、3名がその場で逮捕されています。

「スポーツマンホテル 甲子園」でググルとYahooオークションの絵葉書にヒットしましたが、すでに落札済みでした。

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