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1918(大正7)年2月16日付『新愛知』記事

中京地域最初のサッカー大会前日の『新愛知』記事は以下のとおり。

勇敢な蹴球競技
 新らしき運動界の機運
  来る十七日本社大会開かるる

 雨の為十日の競技を阻まれた本社運動部主催ア式フットボール大会は来る十七日(日曜)の晴天を期して名古屋市鶴舞公園グラウンドに開催する。

 最近運動界に於ける興味の中心は野球から蹴球へ著しく転換せんとし本月九日から三日間東京高師運動場に開催された関東蹴球大会とそれより少し前に大阪豊中グラウンドに開かれた[大毎?]蹴球大会は此機運を作り出すに直接与って力あるものであったが、名古屋市を中心とした中京の地に於ても敢て東西両京に比して甚だしく遜色なき歴史と実力を有する八高、明倫、第一師範・・・(以下省略)”

1. 本来は2月10日開催予定であったのが雨天順延されたこと。
2. “本社運動部主催”とあるので、新愛知新聞社には1918年2月当時運動部がすでに存在していたこと。
3. 「野球から蹴球への転換」が意識されていたこと。
4. タッチの差で先行した関西の大毎主催日本フートボール大会と東京蹴球団主催関東蹴球大会が意識されていたこと。

がわかります。 


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