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新帯国太郎が満州で油田を見つけていたら・・・

わが国サッカー黎明期に東京高等師範学校のサッカー選手だった新帯国太郎は1924年以降満鉄地質調査所技師として満州の資源探査に携わっていた。小松直幹「満州における日本の石油探鉱」『石油技術協会誌』 70(3) 2005.5 p.250-258 によれば、満州事変(1931年)以前の1929年に、中ソ国境満州里近くのジャライノールにおける油兆を新帯が調査したのが、満州における日本の石油探鉱の最初だったようである。満州事変後、全満州を支配下に置いた日本はジャライノールと阜新の2か所で本格的に石油探鉱を行ったが成功しなかった。太平洋戦争が開戦し、オランダ領東インド(インドネシア)の油田地帯を占領すると、石油探鉱機械はそちらに優先使用され、満州の石油資源開発の可能性はなくなる。戦後、旧満州地区の大慶や遼河で油田が発見されたが、戦前の日本の石油探鉱技術水準ではこれらを発見するのは難しかったようである。

しかし、もし戦前の満州で日本が油田を発見し、大日本帝国が石油を自給できたなら・・・、「南進」論は弱まり、ヒトラーが期待した「北進」が実現し、独ソ戦はドイツが勝利し、蒋介石も抗日戦をあきらめたかも・・・

フィリップ・K・ディックの『高い城の男』やジョー・ウォルトンのファージング3部作のような歴史改変小説を、新帯国太郎も主要登場人物にして誰か書かないかな。新帯の在満時代の満州には石原莞爾、板垣征四郎、土肥原賢二、東条英機、岸信介、川島芳子、溥儀、鮎川義介などメチャ濃いキャラの面々がいっぱい。満州が舞台の大河小説『人間の条件』の著者五味川純平は、大連中学における竹腰重丸の後輩にあたる。

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