« 北原白秋「少年進行曲 蹴球」 | Main | 三鬼陽之助「御曹子社長の放漫経営 田辺五兵衛・田辺製薬会長」 »

舜堂 「財界人物誌 田辺製薬社長 田辺五兵衛氏」

日本サッカー殿堂入りしている元田辺製薬会長田辺治太郎(14代田辺五兵衛)氏に対する財界人物評。この時点では「社長」であり、「失脚」していない。文中の手島(常務)とは、これも日本サッカー殿堂入りしている手島志郎氏。

舜堂 「財界人物誌 田辺製薬社長 田辺五兵衛氏」『日本経済新報』7(28) 1954.10 p.18

“田辺は、武田、塩野と相並んで、地許の大阪、道修町では、御三家と謳われる業界の名門である。その業態、規模が大きいというだけでなく、「のれん」が古いからである。創業は西暦一七二〇年というから二三四年の歴史を担うわけだ。

 代々、田辺五兵衛を襲名し、現社長はその十四代目である。歴史の古さからいえば、恐らく御三家中でも、最も古いのであろう。

 但し歴史が古いというだけなら、敢えて自慢にはなるまい。事業は古い伝統と、新しい生命を兼備してこそ、発展して行くのである。

 当社も小野田工場を建設した大正末期から漸次、近代的な製薬業者としての業態を整え、昭和八年には、従来の個人経営を、株式組織に変更し、技術面にも経営面にも、高等教育を受けた人材を登用し、現在の重役陣を一瞥しても、法人組織になってから入社した、高田、手島両二常務あたりが経営の中枢的地位に立っているようだ。

 資本金なども、法人改組当時の四百十五万円が、現在四億四千七百五十万、百倍以上に伸びている。インフレマネーによる増資とはいえ、ともかく時代に遅れずに、伸びたことは確かだ。

 当社が、かくの如く近代的企業として発展した過去二十余年間の歴史は一面からみると現在の社長の財界人としての成長期と表裏一体をなしている観がある。

 即ち、田辺氏は、明治四十一年生れだから、本年四十七才だが、昭和九年に大阪商大を卒業するや、直ちに父親の家業に携わり、副社長時代を経て社長に就任したのが、昭和十六年の十二月、由来十三年間、社長勉強を積んで来た。恐らく終身社長であろうが、当社を、ここまで発展させて来たのだから、断じて不肖の子ではない。むしろ将来田辺家中興の祖と仰がれてよい功労者かもしれない。

    X X

 但し、田辺氏も、社長就任以来、昨年までは比較的順調に伸びたが、今春増資直後に、従来の二割配当を、一挙に無配断行の挙に出て、いささか世間の信用を失墜した観がある。田辺の増資は「喰い逃げ増資」だと、投資家層の評判は、甚だよろしくない。

 我々は事業の成績をその場その場で是非せず、長い目で見なければならぬことを、よく心得ているから、敢て、これ以上言を費やさないが、田辺氏としては、男を下げるも上げるも、今後の褌の締め加減一つだろうと思う。ともかく無配を断行した以上は、一期や二期は雌伏して、復配を焦らず、鋭意、経営の合理化に努めてもらいたい。

    X X

 会った人ならよく知っているだろうが明朗な感じの青年社長である。戦後再度海外を視察して、国際的感覚も身につけて来た。殊に最近は、自ら第一線に立って、必要とあらば誰とでも会うし、殊に商売のことになると、実によく勤めると、社員連中の評判はよい。

 もともとスポーツマンで、殊にサッカーの方では有名な存在である。勇将の下弱卒なしで、田辺のサッカーチームは、過去五年間、全国のどの公式試合にも勝ちっ放しのレコードを保持している。

 バスケットの方でも、女子の方は全国実業団試合では二度まで優勝しているし、野球の方もOBチームでは、この間産経を破って大阪代表となった。

 社内が割に明朗で、スト騒ぎを起さないのも、社長のスポーツ熱の余徳だろうと思う。

    X X

 薬業界の最近の生存競争はすこぶる激甚である。どうかスポーツ同様にフェアプレイで、優勝圏内を突進してもらいたいものだが、田辺の行き方は、重点主義というか、ヒット主義というか、たえず目新しいところをねらって、先鞭をつけるのが特徴のようだ。「ニツパス」は、その中でも大いにヒットした方だろうが結核薬として、依然たる強味を示しているが、米国のファイザーとの提携による「テラマイシン」は、目下業界での批評も区々だ。今後が楽しみでもあれば、問題でもあろう。

 酒のみの常備薬「ネストン」は、近ごろ秀逸の部類だと思う。

 清水昆のカッパの絵が、可成りアテらしい。

 但し、美人をつくると称する美肌剤「ネストンパール」に至っては、せいかは未知数だ。

 むしろ、今後を期待するとすれば、ガンの新薬「アザン」だろう。

 これは今年の八月から、市販を始めたばかりで、またヒットになるか、ファウルになるか判らぬが、何しろ全国には三十万のガンの患者がいる。

 そして毎年七万人は確実に死んで行く。

 もし再発防止に効き目があるとなれば大変な売れ行きを示すだろうし、ガン恐怖症患者に至っては、全国に何百万いるか判らぬ位だから、予防に効くとなれば田辺製薬は一挙に「無配時代」を脱して万々歳ということになろう。”

|

« 北原白秋「少年進行曲 蹴球」 | Main | 三鬼陽之助「御曹子社長の放漫経営 田辺五兵衛・田辺製薬会長」 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 北原白秋「少年進行曲 蹴球」 | Main | 三鬼陽之助「御曹子社長の放漫経営 田辺五兵衛・田辺製薬会長」 »