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牛木素吉郎「新時代を迎える日本サッカー」

牛木素吉郎「新時代を迎える日本サッカー」『読売新聞』1961年8月18日付は第7回全国都市対抗サッカー選手権の総評記事。本大会で古河電工が全日本選手権(現在の天皇杯)、実業団選手権に続いて3冠を達成した。日本サッカーの重心が大学から社会人に移行したことを指摘した上で、4年後に日本サッカーリーグとして実現することになる社会人の全国リーグ結成が提言されている。

牛木素吉郎「新時代を迎える日本サッカー」『読売新聞』1961年8月18日付

新時代を迎える日本サッカー
   社会人チームに選手層の厚み
      強豪同士でリーグ戦を

総評 

 読売新聞社後援の第七回全国都市対抗選手権大会は古河電工の優勝で十六日閉幕した。古河電工が史上初の三大タイトル(全日本選手権、実業団選手権、都市対抗)独占で、日本では無敵の実力を証明したことは、日本のサッカー界が新しい時代にはいったことをますますはっきりさせた。ちょうどことしは日本サッカー協会の創立四十周年、東京オリンピックを控えこの機会に従来の大学チーム中心のサッカー界を再編成し、社会人チームに脚光をあてる時期がきたようだ。

 決勝を争った古河電工と八幡製鉄はともにこの大会で芽を出したチームである。八幡は三十二年に、古河は三十四年に、それぞれこの都市対抗で全国大会のタイトルを初めて握り、これを踏み台に伸びてきた。また四位の名古屋も三十二年にニ位となってから毎回出場して好成績をあげ地歩を固めた。名古屋に続いて浦和、巴川製紙、茨城日立などがずらりと並んだ今大会をみると、社会人チームの層が都市対抗とともに厚くなったことが感じられる。

 ただ古河の勝ちっぷりが示すように古河、八幡などのトップ・レベルと、名古屋のような中堅級の間にはだいぶ差がある。全日本代表になるような一流選手をスカウトして集めるチームと、ふつうの社会人チームでは差ができるのが当然であろう。

 そこで古河、八幡のほか日立本社、東洋工業のようなトップ・クラスは別に一グループとしてリーグ戦を組むことも考えられる。外国では全国的なリーグ戦をメーン・エベントとしてサッカーが大衆のものとなっており、また西ドイツから招いたクラマー・コーチも「オリンピック級の一流選手を育てるには連日のトーナメントは不適当。いい試合はリーグ形式でないと見られない」と勧告している。社会人サッカー・リーグの実現はサッカー界の宿題といえよう。

 都市対抗では予選地域からの選手補強が認められているが、東京の古河電工が新三菱重工や日立本社の選手を補強したのに対し、八幡製鉄は地元九州には他にいいチームがないためアナを埋められなかった。古河が補強選手を自分のチーム・カラーの中にとけこませたのはりっぱで、補強さえすれば勝てるというものではないのはもちろんだが、もともと補強はメンバー不足の地方チームのためのものである。そういう意味でも都市対抗をふくめて年間スケジュールの再編成が検討されていい。(牛木)”

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