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戦前の関東実業団サッカー 『朝日新聞』1941年4月18日付記事

『朝日新聞』1941年4月18日付

実業団蹴球の加盟チーム

関東実業団蹴球連盟では十六日午後六時から本社会議室で春季総会を開き左記のとほり決定、十七日発表した。

△シーズンを四月末から十月までとす△チームの都合による延期は一回だけ認め、二回延期する場合は棄権と見なす△日立亀戸、桜星倶、東京海上火災、横川電機、三菱倶(横浜ドック)の加盟を承認、更に中島、太田は全試合を東京で行ひ得る場合に加盟承認すること

右の結果加盟チームは三十六チームに達したので各部を従来の五チームから六チームにとして一部から六部まで左のごとく決定した。なほスケジュールは近日決定する。

◇第一部-第一生命、日本鋼管、マツダ、日本光学、千代田生命、朝日東京本社◇第二部-東京火災、興銀、東京ガス、日本銀行、日本徴兵、三共◇第三部-明菓、新潟鉄工所、航技倶、東京計器、日立亀有、浅野セメント◇第四部-石川島造船、北辰電機、日立本社、勧銀、日本曹達、古河電工◇第五部-日清生命、中島飛行機、日本油脂、立川飛行機、日鉱、日本水産◇第六部-日立亀戸、桜星倶、東京海上、横川電機、三菱倶、中島太田”

FC東京のご先祖が第二部に興銀や日銀!と同居している。レイソルとジェフのご先祖が第四部に。

保険や銀行、軍需系メーカーが目立つ。戦前の関東大学サッカー部OBの就職先にこういった会社が多かったということであろう。

太平洋戦争は8ヵ月後だが、6チームが新規参加申し込みしている盛況だったことがわかる。

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