« 第1~10回全日本実業団サッカー大会 | Main | 戦前の関東実業団蹴球大会(関東蹴球協会主催)結果 »

全日本実業団サッカー大会記録

『朝日新聞』記事より。

1948年第1回

1948年5月23日 第二日(西宮球場) 決勝 湯浅蓄電池 2-1 田辺製薬 3位決定戦 三共 3-1 茨城日立

1949年第2回

1949年5月3日(西宮) 1回戦 田辺製薬 2-0 川崎日本鋼管 三共 5-3 広島東洋工業 茨城日立製作所 3-2 湯浅蓄電池 第一生命 6-1 トヨタ自動車

1949年5月4日(西宮) 準決勝 三共 3-1 田辺製薬 茨城日立 2-1 第一生命

1949年5月5日(西宮) 決勝 三共 3-1 茨城日立

1950年第3回(武蔵野球場) 

1950年5月3日 1回戦 第一生命(東京) 3-2 八幡製鉄(九州) 日本鋼管(中部、南関東) 4-2 新扶桑金属(関西二区) 東洋工業(中国、四国) 4-0 茨城日立(北海道、東北、北関東) 田辺製薬(関西一区) 9-1 トヨタ自動車(北陸、東海)

1950年5月4日 準決勝 第一生命 4-2 日本鋼管 田辺製薬 1-0 東洋工業

1950年5月5日 決勝 田辺製薬 2-0 第一生命

1951年第4回 (西宮球技場)

1951年5月4日 1回戦 田辺製薬(関西) 2-2(抽選) 茨城日立(関東中部) 東洋工業(中国、四国) 3-0 三共(東京) 日立本社(東京) 3-0 日本ダンロップ(関西) 大阪府庁(関西) 1-0 八幡製鉄(九州)

1951年5月5日 準決勝 田辺製薬 2-1 東洋工業 日立本社 3-0 大阪府庁

1951年5月6日 決勝 田辺製薬 3-0 日立本社

1952年第5回(神宮競技場) 日本蹴球協会、朝日新聞社共催

1952年5月24日 1回戦 田辺製薬(関西) 6-0 富士電機(関東) トヨタ(東海) 2-1 三共(関東) 宮城県庁(東北) 1-0 日本??室蘭工場(北海道)

1952年5月25日 準々決勝 田辺製薬 4-0 トヨタ 茨城日立(関東) 3-0 宮城県庁 東洋工業(中国) 2-0 八幡製鉄(九州) 日立本社(関東) 3-0 日本軽金属(中部)

1952年5月26日 準決勝 田辺製薬 3-1 日立茨城 日立本社 3-1 東洋工業

1952年5月27日 決勝 田辺製薬 2-0 日立本社 3位決定戦 東洋工業 2-0 茨城日立
田辺製薬 GK 津田 FB 木村 西村 HB 宮田 加藤 岡村 FW 鴇田 賀川 和田 恒藤 ?田
日立本社 GK 奥本 FB 吉本 渡辺 HB 松尾 堀口 松岡 FW 喜多 高橋敏 松永 高橋英 河合

1953年第6回(藤枝東高、藤枝中G)

1953年5月21日 1回戦 日軽金(中部) 3-1 三共(関東) 大阪ガス(関西) 1-0 八幡製鉄(九州) 田辺製薬(関西) 10-1 松尾鉱山(東北) 東洋工業(中国) 2-1 大阪府庁(関西) トヨタ自動車(東海) 2-1 全富士電機(関東)

1953年5月22日 準々決勝 日軽金 2-0 大阪ガス 田辺製薬 7-1 日本鋼管(関東) 日立本社(関東) 10-1 室蘭富士鉄(北海道) 東洋工業 8-2 トヨタ自動車

1953年5月23日 準決勝 日立本社 2-0 東洋工業 田辺製薬 5-1 日軽金

1953年5月24日 決勝 田辺製薬 2-1 日立本社 3位決定戦 日軽金 1-0 東洋工業
田辺製薬 GK 津田 FB 木下 西村 HB 岡村 加藤 宮田 FW 鴇田 賀川 和田 恒藤 森
日立本社 GK 奥本 FB 林 佐藤 HB 吉本 堀口 松岡 FW 岡本 高橋敏 松永 鈴木 高橋英

1954年第7回(松山市) 今大会から9月開催に

1954年9月23日 1回戦 日本鋼管(関東) 2-1 大阪ガス(関西) 日本軽金属(東海) 8-1 ビクターオート(関東) 湯浅電池(関西) 5-4 松尾鉱山(東北) 田辺製薬(関西) 6-0 函館市役所(北海道) 日立本社(関東) 3-1 八幡製鉄(九州) 茨城日立(関東) 5-0 東洋レーヨン愛媛(四国)

1954年9月24日 準々決勝 日本軽金属 3-0 日本鋼管 日立本社 5-0 湯浅電池 田辺製薬 4-0 茨城日立 東洋工業(中国) 4-0 大阪府庁(関西)

1954年9月25日 準決勝 日立本社 3-1 日本軽金属 田辺製薬 3-2 東洋工業

1954年9月26日 決勝 田辺製薬 4-0 日立本社 3位決定戦 東洋工業 5-1 日本軽金属
田辺製薬 GK 新田 FB 岡村 木下 HB 恒藤 加藤 宮田 FW 鴇田 賀川 和田 高林 森
日立本社 GK 神津 FB 猪股 長井 HB 小田島 堀口 松岡 FW 岡本 高橋 松永 鈴木 柳

1955年第8回(函館市千代ケ台球場)

1955年9月25日 第3日 準決勝 田辺製薬(大阪) 3-1 日本軽金属(静岡) 東洋工業(広島) 2-1 八幡製鉄(福岡)

1955年9月26日 決勝 田辺製薬 2-0 東洋工業 3位決定戦 日本軽金属 3-0 八幡製鉄
田辺製薬 GK 新田 FB 岡村 木下 HB 大村 加藤 宮田 FW 鴇田 賀川 和田 高林 森
東洋工業 GK 下村 FB 小川 芳野 HB 小沢 北島 堀田 FW 中川 銭村 樽谷 小畑 重松

1956年第9回(徳島市西の丸G)

1956年9月22日 第2日 準々決勝 東洋工業(中国) 2-0 湯浅電池(関西) 鋼管川崎(関東) 2-0 日本軽金属(東海) 田辺製薬(関西) 2-1 東京日立(関東) 八幡製鉄(九州) 6-1 古河電工(関東)

1956年9月23日 準決勝 東洋工業 4-0 鋼管川崎 田辺製薬 2-0 八幡製鉄

1956年9月24日 決勝 東洋工業 4-0 田辺製薬 3位決定戦 鋼管川崎 3-1 八幡製鉄

1957年第10回(京都市西京極競技場、西京大)

1957年9月21日 1回戦 東洋工業(中国) 7-1 松尾鉱山(東北) 古河電工(関東) 7-0 東レ滋賀(京都) 湯浅電池(関西) 5-1 千代田生命(関東) 田辺製薬(関西) 3-1 東レ愛媛(四国) 日立本社(関東) 4-1 新三菱重工(関西) 八幡製鉄(九州) 1-0 大阪府庁(関西) 日本軽金属(東海) 4-1 三共(関東) 日本鋼管(関東) 6-3 函館市役所(北海道)

1957年9月22日 準々決勝 東洋工業 7-1 古河電工 日立本社 3-1 八幡製鉄 日本鋼管 4-1 湯浅電池 田辺製薬 4-1 日本軽金属

1957年9月23日 準決勝 東洋工業 2-1 日立本社 田辺製薬 3-2 日本鋼管

1957年9月24日 決勝 田辺製薬 2-0 東洋工業 3位決定戦 日立本社 4-2 日本鋼管
田辺製薬 GK 新田 FB 岡村 恒藤 HB 芳賀 加藤 大村 FW 鴇田 賀川 高林 宮田 森
東洋工業 GK 下村 FB 小川 松本 HB 北島 小沢 堀田 FW 中川 樽谷 田中 銭村 重松

1958年第11回(東京小石川サッカー場)

1958年9月20日 1回戦 新三菱重工(東海) 7-0 千代田生命(関東) 日本鋼管(関東) 4-0 三菱化成黒崎(九州) 三共(関東) 4-0 雪印乳業(北海道) 2回戦 日立本社(関東) 6-1 富士製鉄室蘭(北海道) 日本ダンロップ(関西) 3-0 東レ愛媛(四国)

1958年9月21日 2回戦 日本鋼管(関東) 4-3 新三菱重工(東海) 古河電工(関東) 4-0 住友金属(関西) 日本軽金属(東海) 6-1 帝人三原(中国) 田辺製薬(関西) 3-1 東京海上(関東) 八幡製鉄(九州) 3-0 大日電線(関西) 東洋工業(中国) 1-0 三共(関東)

1958年9月22日 準々決勝 古河電工 3-2 日本鋼管 田辺製薬 5-1 日本軽金属 日立本社 3-1 日本ダンロップ 八幡製鉄 1-1(抽選) 東洋工業

1958年9月23日 準決勝 古河電工 3-1 田辺製薬 日立本社 3-1 八幡製鉄

1958年9月24日 決勝 日立本社 2-0 古河電工 3位決定戦 田辺製薬 1-0 八幡製鉄
日立本社 GK 神津 FB 西谷 猪俣 HB 小田島 宮崎 松岡 FW 脇川 高橋敏 鈴木徳 平沢 松永
古河電工 GK 小松 FB 平木 中田 HB 清水 大塚 小河原 FW 内野 西本 能勢 長沼 八重樫

『朝日新聞』1958年9月26日付

実業団サッカー選手権総評
    レベル向上もう一歩
       A級ふえて試合に活気

 東京小石川サッカー場での第十一回全日本実業団サッカー選手権は廿五日、日立本社の優勝で終った。この大会で関東チームが優勝したのは二十四年第二回の三共以来である。これは関東の実業団が特別弱かったがためでない。日立本社などは過去四回戦に進出している。しかし従来は田辺製薬だけが余りに強過ぎたのだった。一昨年東洋工業が七年振りに田辺の王座を奪ったのが非常な刺激となったのもつかの間で、田辺は昨年また優勝をとりもどした。

 しかし、こんど田辺が準決勝に早くも負けたときには、実業団サッカーの勢力図も相当変化したという感じが強くなった。第一に田辺を破りそうなA級がふえたことである。古河電工、日立本社、八幡製鉄、東洋工業、日本鋼管、新三菱重工、さらに日本ダンロップ、日本軽金属といったチームは過去の実業団サッカーからみれば非常にサッカーらしいサッカーをやるようになった。

 過去の実業団といえば、小数(ママ)の有名選手が中心になってチームをひっぱり、各選手の個人技術には相当デコボコがあった。練習量も十分なチームは少なく、いわば各選手が過去の遺産だけでもっていたところが多かった。しかし、今年あたりは実業団に入ってから伸びた選手が多くみられ、個人技も大変そろって来たし、練習も積んでいるのが目につく。こういう点からみると田辺の敗退もまたやむを得ない時代の移りでもある。あるいは喜ばしいことともいえよう。

 A級が多かっただけに活気のある試合が多かった。準々決勝からみんな接戦だった。だが今一歩突っ込むと、そのA級のレベルは必ずしもそう高くはない。大会期間中の大部分が雨とグラウンド・コンディションに災いされたとはいえ、決勝を争った日立、古河をはじめすべては全盛期の田辺のレベルに達していない。攻撃のパス・ワーク、試合全体の運びを見る目などはまだまだキメが粗いといわねばならない。だから田辺を破りそうなチームがふえた裏をかえせば、実は選手の新陳代謝がない田辺自身の老化に負うところが大きいのである。これがまだ寂しい点だ。どん底にあえいでいる日本のサッカーは、高校級から地道に積み上げ直さないといけないが、やはり第一線を代表する大部分は社会人が占めるのだから実業団ももっと高いレベルを要求したい。

 日立は従来のように精神的弱点をみせなかった。古河は若いよい選手をそろえていてもチーム全体が若いための弱点を持っている。八幡製鉄は全般にプレーが固い。だから柔かさを持つただ一人の選手佐伯の負傷が痛かった。日本鋼管はよくまとまったチームである。個々の技術以上に力を出している。CF早川の好リードがあるからだろうが、早川の頭脳的プレーはもっと他の有名選手も見ならってほしいものだった。
                                           (大谷)”

1959年第12回(静岡県清水市)

1959年9月24日 1回戦 日軽金(東海) 7-1 三菱化成(九州) 東洋工業(中国) 5-0 湯浅電池(関西) 東芝(関東) 1-0 巴川製紙(東海) 日本ダンロップ(関西) 4-1 雪印乳業(北海道)

1959年9月25日 2回戦 東洋工業(中国) 6-0 日軽金(東海) 函館市役所(北海道) 2-0 三共(関東) 日立本社(関東) 4-0 トヨタ自動車(東海) 新三菱重工(関西) 5-0 鶴屋百貨店(九州) 古河電工(関東) 13-0 帝人三原(中国) 東芝(関東) 4-0 日本ダンロップ(関西)

1959年9月26日 準々決勝 東洋工業 6-1 函館市役所 日本鋼管 2-0 田辺製薬 古河電工 1-0 東芝 新三菱重工 3-2 日立本社

1959年9月27日 準決勝 新三菱重工 2-0 東洋工業 古河電工 4-1 日本鋼管

1959年9月28日 決勝 古河電工 2-0 新三菱重工 3位決定戦 東洋工業 4-1 日本鋼管
古河電工 GK 小林茂 FB 小川 桜井 HB 平木 大塚 小川原 FW 小林昭 内野 能勢 長沼 高橋
新三菱重工 GK 生駒 FB 近藤 山田 HB 米谷 二宮武 大八木 FW 二宮寛 平田 井上 村田 北口

『朝日新聞』1959年9月24日付

全日本実業団サッカー展望
    有望な四チーム
       古河・田辺・東洋・日立

 第十二回全日本実業団サッカー選手権大会(朝日新聞社、日本蹴球協会共催)は二十四日から五日間、清水市清水商グラウンドで行われる。全国から選ばれた二十チームが参加する。

 今年は上位七、八チームが非常に充実しており、弱いチームと強チームが顔を合わせる一、二回戦では波乱があると思えない。優勝候補は古河電工、田辺製薬、東洋工業、日立本社の四チームといわれている。しかしこの四チームも確実にベスト・4に残れるかどうか疑問。準々決勝までに以上四チームを苦しめたり、また倒すものがあるとすればどこかをしらべながら、この四チームの実力を紹介しよう。

日立本社 何度も決勝まで出ていながら優勝出来ず、昨年やっと初優勝した。その時のメンバーの松永の代りに耳野(慶大出)が加わった。日立の原動力はなんといってもHB陣だ。松岡、宮崎、小田島のラインは運動量も多く、守備にも強い。強敵は準々決勝での新三菱重工。前日本代表クラスの関学OB七人で固め、さらにマラヤで大活躍した二宮(慶大出)を加えた。日立にくらべ見劣りしない。

東洋工業 試合運びの巧さ、チームのまとまりはこの大会第一だろう。一回戦で湯浅電池と当る。湯浅は関学出の平田、柴田をHBに、FWに日比野(中大)がおりちょっとうるさい。二回戦では地元の日軽金と三菱化成の勝者だが、日軽金はベテラン松永のチーム。ねばり強さが身上だが、やはり東洋に分があるとみるのが順当だろう。準々決勝では順当なら三共に当る。三共は宮崎、織田、須藤と早大出の好選手がいるが、これも東洋の方がやや有利。

田辺製薬 ベテランぞろいのチーム。七回も優勝しているが、最後に優勝した二年前のメンバーに、その後一人も補強されていない。駆引きはうまいが平均年齢は三十歳をこえ、体力的には不安。だがくじ運はよく難敵は準々決勝での日本鋼管ぐらい。だがその鋼管も守備のカナメの高森(立大出)が負傷で出られないというから、田辺は楽にベスト4に入る。

古河電工 八重樫がマラヤで負傷したのは痛い。若さと動きのチーム。帝人三原と二回戦で当るが経験の差で楽に押切るだろう。準々決勝では東芝か日本ダンロップに当るが、どちらもちょっとうるさい。東芝は今年早大から栗田と杉本を得たし長竹(慶大出)も健在だ。ダンロップは日本代表のGK古川、LI佐々木がいる。古河が先取点をとられたら守り切られる恐れがある。

     ◇

 準決勝以後の予想は全くむずかしい。体力のあるチームが有利という点から見れば古河、日立か新三菱あたりが出そう。だが田辺には途中で中一日の休みがあるので、あまりハンデキャップはないという見方もある。回戦の若いうちに負傷者が出るか出ないかも勝敗を決める大きなカギとなる。
                                         (中条)”

『朝日新聞』1959年9月30日付

全日本実業団サッカー・総評
    作戦的工夫が足らぬ
      質そろった上位チームに

 二十四日から清水市で行なわれていた第十二回全日本実業団サッカー選手権は古河電工の初優勝に終った。優勝候補組の日立本社、東洋工業が新鋭の新三菱重工に敗れ、古河電工は体力と技術が平均していたことが連戦に強味となってまず順当の結果だったろう。新三菱の活躍はA級グループに新手を加えた感じだった。両ウイングの強さを軸にしてFWラインとしては最も筋の通った攻め振りをしていたが、結局バックスの非力が最終日に現われ、攻撃はただFWだけでは出来ないということを教えた。

◇戦術的な目・・・・・台風十五号のために二日目と三日目は雨と泥ンコのグラウンドに見舞われ、その間に蕃狂わせが生れた。まず二日目には函館市役所が三共を破り、さらにコンディションが近来にない最悪、グラウンド一面が泥沼と化した三日目の準々決勝では日立本社が新三菱重工に、田辺製薬が日本鋼管に倒された。こういう状態では馬力がものをいう。しかしこれにも作戦的な巧拙で効果は大いに異ってくる。この二つの要素のかみ合わせで試合は決ったのだが、作戦的な成功の大きかったのが新三菱であった。日立は前半バックスの馬力から楽に攻撃をとったので後半は作戦的にさして気を使わなかったようだ。これに反して新三菱は布陣を大きく変えて逆襲を警戒しながら、FWに大八木を上げて粘りをつけるかたわら体重のある北口を極力使ったところに逆転勝ちの勝因があった。

 新三菱は準決勝でもウイングの強さを利用して東洋工業のCH小沢をつり出しながら先制してしまったあたり、試合のカンどころをつかむ力がものをいっていた。こういうカンどころを押える巧さは早川のリードで日本鋼管にもあった。ペナルティ・エリア近くのフリー・キックを田辺製薬が軽率に逸していたのに鋼管は慎重に利用して得点したことにいえよう。田辺はまた馬力が衰えていたのも敗因だが、ベテラン選手が局地的な巧さを全体的な効果にまで結び付ける方法をもう少し知っていたらそう簡単には敗れなかったろう。

 選手の質量ともにそろっている上位チームに対して一般的にいえる不満は、このような試合のカンどころをつかむ力とか、作戦的な工夫の足りないことである。古河電工もあれだけのたくましい動きやスピードを持っているのだから、中盤からの展開に次の段階へのより効果的なボールの動かし方を考える工夫があればさらに強くなるだろう。

 攻撃の単調さは東洋工業にもあてはまる。今年はこの欠点を幾分脱したのではないかと期待したのだが、大会中もシリすぼみの状態だった。この若いインサイドは激しく動き回るうちに自然にFWラインに変化をもたらすだろうと思ったのに、回を重ねるごとに動きが鈍くなってしまった。

◇下位チームの進境・・・・・下位チームは少しずつ上って来た。函館の一勝といい、田辺に二点を許しただけの東洋レーヨン愛媛の善戦といい、従来低調だった北海道と四国の向上がうかがえ、かつての素人臭いチームはなくなった。帝人三原は大会一の大量点を許して古河に敗れたが、決してその記録ほどの弱いチームと思えなかった。だが上位と下位との差はやはり個人技の差ということに落着く。たまたま見舞われた悪コンディションによって、平常はさして目につかないキック力の差が大きく響いたが、腰、ヒザ、足首の関節に粘り強さのないキックはボールに力が加わらないことが明らかに分ったろう。こういうことも大会に拾える収穫である。
                                             (大谷)”

1960年第13回(長崎県島原市)

1960年9月22日 1回戦 八幡製鉄(九州) 7-0 帝人松山(四国) 三共(関東) 2-0 富士鉄室蘭(北海道) 三菱化成黒崎(九州) 棄権 函館市役所(北海道) 2回戦 日立本社(関東) 5-1 湯浅電池(関西) 日本鋼管(関東) 7-1 日鉄北松(九州)

1960年9月23日 2回戦 八幡製鉄(九州) 5-2 三共(関東) 新三菱重工(関西) 4-0 日本軽金属(東海) 東洋工業(中国) 6-0 大阪府庁(関西) 東芝(関東) 12-0 三菱長崎造船(九州) 田辺製薬(関西) 8-1 帝人三原(中国) 古河電工(関東) 10-0 三菱化成黒崎(九州)

1960年9月24日 準々決勝 八幡製鉄 4-0 新三菱重工 東洋工業 1-1(抽選) 東芝 日立本社 6-1 日本鋼管 古河電工 3-1 田辺製薬

1960年9月25日 八幡製鉄 3-1 東洋工業 日立本社 3-2 古河電工

1960年9月26日 決勝 日立本社 4-2 八幡製鉄 3位決定戦 古河電工 2-0 東洋工業
日立本社 GK 岩本 FB 西谷 猪股 HB 服部 宮崎 胡 FW 脇川 鈴木 耳野 小田島 平沢
八幡製鉄 GK 皆本 FB 杉村 原田 HB 堀田 石川 上 FW 坪島 井沢 宮本 村山 大石

『朝日新聞』1960年9月17日付

全日本実業団サッカー予想
    “打倒古河”をめざす東洋、新三菱、八幡など

 第十三回全日本実業団サッカー選手権大会(朝日新聞社共催)は二十に日から五日間長崎県島原市で開かれる。地区代表二十チームで争われるが、この大会も年々内容を充実してきた。全国的にみると、まだ相当遅れていそうな地域もあるが、選手層が厚くなるにしたがって、いわゆるA級チームの力が安定してきたとともに、トップ・レベルに接近したチームの数が次第に増えてきた様子で、二回戦から相当の好試合があり、準々決勝から勝敗はすこぶる予想しにくい形勢だ。

 組み合わせは古河電工(関東)新三菱重工(関西)東洋工業(中国)日本鋼管(関東)の順で四チームがシードされている。A級といえば、これに八幡製鉄(九州)をやはり加えねばならない。さらにA級の範囲を少し広げると、田辺製薬(関西)日立本社(関東)がはいる。三共(関東)日軽金(東海)東芝本社(関東)も侮れないともいわれる。ついで大阪府庁(関西)湯浅電池(関西)とあげてゆくと、半数以上が接近した力を持っていることになりかねないが、ぐんとしぼると四強は古河電工、東洋工業、新三菱重工、八幡製鉄とするのが順当ではなかろうか。

 しかし、東洋、新三菱、八幡の三チームは勝ち抜き戦の同じブロックにいて新三菱と八幡が準々決勝で当たるから、そのうちの一つは欠けて、古河のブロックの日本鋼管か日立本社が準決勝の四強に加わるわけだ。

 こうして古河に代表される関東勢を目標に、他地区の強豪が挑戦する形となるが、いわば新鋭に属する新三菱が昨年同様古河に挑んで初優勝を奪うか、また万年優勝候補といわれる八幡がようやく宿願を果たすか、八幡より古い歴史を持ち、いつも実力を高く評価されながら三十一年大会にただ一度だけ東洋工業にもう一度タイトルが輝くか、こういう点もまた今大会の興味となっている。というのも古河が訪ソ中の日本代表に三選手を送って苦しい立場にあるからで、他チームにとっては打倒古河のチャンスが増している大会である。

【古河電工】 昨年この大会に優勝して以来、スピードと技術をマッチさせて自信をつけ、今年五月の全日本選手権を奪い、名実ともに第一人者となった。ことに全日本当時の力量を思い起こすと優勝候補の筆頭にあげてもたれも疑うまい。たくましい運動量、豊富なスピードをいかした得点力、カンどころをつかむ経験と判断、なかでも試合運びのテンポの速さには他チームが参ったのである。だが、その中からFWの八重樫、守屋、HBの平木が訪ソのため抜けている。これはおそらく相当な痛手だ。

 FWはこのためにウイングが弱体化している。得意のスピードもウイングが弱いと果たして効果を出せるだろうか。昨年もFWのこの二人はいなかったというのでこの点はゆずるとしてもRH平木の欠場はすぐに補えないのではなかろうか。ずっと平木がカバーして来た守備陣のもろさ、これが出てくると古河も安泰ではない。他チームのねらいどころもここだし、おそらく全日本当時のように古河の独走は予想されない。

【東洋と八幡】 両チームとも高い水準にあるが、いま一つ決定的な武器に欠けて歯がゆさを残しているのが春までに共通したところだった。東洋は攻め方が単調で効果をあげていなかった。FWの第一線はもう頂上に来た選手だから変化を生むとすればインサイドの働きからだろう。調子に少しムラのあった大橋、大島の両インサイドがコンスタントな動きとパスの変化を出せるかいなかにかかっている。

 八幡は昨年から球の動きに多彩な変化を加えようとしているが、チーム全体としてその意図通どおりにうまくまとまった試合が少ない。古い選手と若い選手の動きがどうしてもとけ合わないかのようだったが、八幡がこの行き詰まりを打ち破って進むには、チーム全体の堅苦しさを脱していなければなるまい。

【新三菱重工】 FWのチームだ。OR二宮がやはり訪ソ中で抜けて一威力を欠くことになるが、関学出身者が主力を占め、速い攻撃は調子に乗ると大きな得点力になりそうだ。問題はバックスの守備だろう。昨年も古河に結局バックスの守備の差で負けた。今年もカギは同じだ。

【日本鋼管など】 日本鋼管は早川のリードで育ってきたチームだが、今年あたりから千田(中大出)ら若手が加わって変わりつつあるだけに未知数だ。訪ソでCH高森がいないのも守備力に影響しよう。むしろ布陣からみると日立本社の方が安定している。ここはバックスの粘り強さがあるので、FWの出来次第だ。CF耳野を軸にうまく動きがつながると古河も油断出来ない。かつて独り舞台を誇った田辺製薬は年齢的に活動力が落ちている。準々決勝で古河と会うが、たのみは試合運びのうまさだから古河が完全に田辺のペースにはまり込まない限りやはり古河のものとみてよい。

 ダークホースとしては東芝本社だ。大部分高校出身だが、長竹(慶大出)、栗田(早大出)、杉本(早大出)三人のリードで、案外あばれるかも知れない。
                         (大谷)”

『朝日新聞』1960年9月29日付

実業団サッカー総評
     球さばき早い日立
         八幡はFWの出来に波

 二十二日かラ二十六日まで長崎県島原市で行なわれた第十三回全日本実業団サッカー選手権大会は日立本社が二度目の優勝をとげた。

 準々決勝からは急に力がそろい好試合が続いた。

 準々決勝の最高試合は古河電工対田辺製薬だった。大会一、二の好試合といってもよい。古河の攻撃法を見抜いた田辺の巧い守備と、味のある攻撃振りがよかった。

 準決勝で東洋工業は八幡製鉄に完全に負けた。直接の敗因はシュートの粗雑なことだ。これは対東芝戦でも目立った。しかしそれ以前の攻め方が従来の単調さをまだ脱していない。

 連勝をねらう古河電工は日立本社に負けた。試合運びが巧い日立に得意の突進形速攻を封じられると、最大の弱点が出た。

 日立は好調だった。前日の対鋼管といい、この試合といい、日立はすこぶる能率的に点を取った。春の全日本当時よりずっとよかった。球さばきが速くなったので、耳野を軸とする回転がスムーズで、シュートが思い切りよく、しかもていねいだった。チャンスにはFWがよくそろい、全員がきびきびしていた。

 八幡は待望の決勝へ比較的順調に進んだが一、二回戦はさしてかんばしくなく、準々の対新三菱でぐんとよくなり、準決勝はまた少し停滞気味となった。FWがこまめに動いているときには、相手の意表をつくパスもつながっていた。佐伯の負傷欠場でFWを試合ごとに組みかえ、FWの出来に波はあったが村山、井沢の新しい両インサイドがよくラインにとけ込んでいた。しかし決勝戦では、試合の機敏をつかむにうまい日立の耳野、鈴木の二人にしてやられた。
                           (大谷)” 

1961年第14回(新潟市営競技場)

1961年7月16日 1回戦 日軽金(東海) 6-1 三菱化成(九州) 東洋工業(中国) 3-0 三共(関東) 富士鉄室蘭(北海道) 10-0 日本瓦斯化学(北陸) 古河電工(関東) 10-0 新三菱水島(中国) 2回戦 八幡製鉄(九州) 5-0 湯浅電池(関西) 東芝(関東) 1-0 名古屋相互銀行(東海)

1961年7月17日 2回戦 東洋工業 2-0 日軽金 新三菱(関東) 5-2 ドッドウエル(関西) 日立本社(関東) 2-1 日本ダンロップ(関西) 帝人松山(四国) 3-0 住友奔別(北海道) 田辺製薬(関西) 3-1 松島航空自衛隊(東北) 古河電工(関東) 4-0 富士鉄室蘭(北海道)

1961年7月18日 準々決勝 新三菱重工 1-0 東洋工業 日立本社 3-1 帝人松山 八幡製鉄 2-0 東芝本社 古河電工 5-0 田辺製薬

1961年7月19日 準決勝 日立本社 2-1 新三菱重工 古河電工 2-0 八幡製鉄

1961年7月20日 決勝 古河電工 3-1 日立本社 3位決定戦 新三菱重工 2-0 八幡製鉄
古河電工 GK 保坂 FB ?尾 宮本 HB 平木 鎌田 島谷 FW 内野 八重樫 川淵 長沼 高橋
日立本社 GK 岩本 FB 服部 猪俣 HB 小田島 宮崎 西谷 FW 脇川 鈴木 耳野 坂村 平沢

1962年第15回(山口県防府市協和発酵G、防府高校G)

1962年11月3日 1回戦 協和発酵(中国) 12-0 日本ガス化学(北陸) 名古屋相互銀行(東海) 5-0 新三菱重工水島(中国) 帝人松山(四国) 10-1 住友奔別鉱(北海道) ドッドウエル(関西) 2-1 三菱化成黒崎(九州)

1962年11月4日 2回戦 古河電工(関東) 6-0 協和発酵 電電近畿(関西) 7-0 和田寛食料工業(東北) 新三菱重工(関東) 5-0 帝人松山 東洋工業(中国) 6-0 ヤンマーディーゼル(関西) 茨城日立(関東) 2-1 日本ダンロップ(関西) 日本鋼管(関東) 4-0 揖斐川電工(東海) 八幡製鉄(九州) 1-0 名古屋相互銀行(東海) 日立本社(関東) 5-0 ドッドウエル

1962年11月5日 準々決勝 古河電工 3-0 電電近畿 八幡製鉄 3-0 茨城日立 東洋工業 1-0 新三菱重工 日本鋼管 1-0 日立本社

1962年11月6日 準決勝 古河電工 2-1 八幡製鉄 東洋工業 3-0 日本鋼管

1962年11月7日 決勝 古河電工 0-0(両チーム優勝) 東洋工業 3位決定戦 八幡製鉄 5-1 日本鋼管
古河電工 GK 保坂 FB ?尾 宮本 HB 平木 鎌田 上野 FW 高橋 八重樫 川淵 長沼 島谷
東洋工業 GK 船本 FB 谷村 桑原 HB 石井 小沢 川西 FW 梅田 大橋 川重 大島 中村

1963年第16回(岐阜県岐阜市) 

1963年11月3日 1回戦 大協石油(東海) 1-0 トヨタ自動車(東海) 名古屋相互銀行(東海) 2-0 三菱化成黒崎(九州) 住友ゴム工業(関西) 5-0 日本ゼオン高岡(北陸) 東芝本社(関東) 3-3(抽選) 湯浅電池(関西)

1963年11月4日 2回戦 東洋工業(中国) 3-0 大協石油 新三菱重工(関東) 4-2 住友ゴム 東京トヨペット(関東) 2-1 住友奔別(北海道) 茨城日立(関東) 3-1 日本製鋼広島(中国) 田辺製薬(関西) 2-1 帝人松山(四国) 揖斐川電工(東海) 9-0 呉羽化学(東北) 日立本社(関東) 1-0 名古屋相互銀行 八幡製鉄(九州) 2-1 東芝本社

1963年11月5日 準々決勝 東洋工業 3-0 東京トヨペット 日立本社 3-0 田辺製薬 新三菱重工(関東) 2-0 茨城日立 八幡製鉄 7-0 揖斐川電工

1963年11月6日 準決勝 日立本社1-1(抽選) 東洋工業 八幡製鉄 1-0 新三菱重工

1963年11月7日 決勝 八幡製鉄 2-0 日立本社 3位決定戦 新三菱重工 2-0 東洋工業
八幡製鉄 GK 浜崎 FB 向山 長岡 HB 富沢 杉村 上  FW 宮本 佐伯 渡辺 神田 大石
日立本社 GK 片伯部 FB 服部 宮崎 HB 井村 鈴木良 夏井 FW 中村 岡田 中野 鈴木徳 耳野

1964年第17回(静岡県藤枝市)

1964年11月21日 1回戦 名古屋相互銀行(東海) 2-1 住友ゴム(関西) 帝人松山(四国) 1-0 三共(関東) 日本軽金属(静岡) 6-0 青森県庁(東北) 田辺製薬(関西) 6-1 三井石油(中国)

1964年11月22日 日立本社(関東) 2-0 日軽金 豊田織機(東海) 1-0 大日本電線(関西) 古河電工(関東) 2-1 西鉄(九州) 三菱重工(関東) 3-0 田辺製薬(関西) 東洋工業(中国) 2-0 名古屋相互銀行(東海) 日本鋼管(関東) 3-2 富士鉄登別(北海道) 八幡製鉄(推薦) 6-0 日本ゼオン(北陸) 湯浅電池(関西) 1-0 帝人松山(四国)

1964年11月23日 準々決勝 記事なし

1964年11月24日 準決勝 八幡製鉄 2-0 東洋工業 日立本社 4-1 三菱重工

1964年11月25日 決勝 八幡製鉄 3-0 日立本社 3位決定戦 東洋工業 2-2 三菱重工
八幡製鉄 GK 浜崎 FB 向山 上 HB 富沢 杉村 折出  FW 渡辺 佐伯 宮本 神田 大石
日立本社 GK 岩本 FB 服部 利根沢 HB 河野 鈴木 柴田 FW 脇河 野村 耳野 中村 平沢

|

« 第1~10回全日本実業団サッカー大会 | Main | 戦前の関東実業団蹴球大会(関東蹴球協会主催)結果 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 第1~10回全日本実業団サッカー大会 | Main | 戦前の関東実業団蹴球大会(関東蹴球協会主催)結果 »