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戦前の関東倶楽部蹴球リーグ戦結果

『東京朝日新聞』より。

第1回1937年3~4月

1937年3月14日(戸山学校) 東京倶楽部 4-2 東京蹴球団 豊島サッカー倶楽部 4-3 アラン会
東京倶楽部のメンバー GK 金沢 FB 工藤 岩崎 HB 岩波 濱田 野村 FW 小川 竹腰 松丸 塚部 川井

1937年3月21日(戸山学校) 東京蹴球団 7-0 アラン会 オール・ブラックス 3-2 豊島サッカー倶楽部

1937年3月28日(青山師範) オール・ブラックス 5-1 アラン会 東京蹴球団 5-1 豊島サッカー倶楽部
オール・ブラックスはCH市川、RFB新井を除いて全員西洋人。

1937年4月3日(?) 東京倶楽部 3-0 オール・ブラックス

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1937年4月4日(戸山学校) 東京倶楽部 7-0 アラン会

1937年4月11日(神宮) 東京倶楽部 3-2 豊島サッカー倶楽部 東京蹴球団 5-1 オール・ブラックス
順位 1位 東京倶楽部(4勝) 2位 東京蹴球団(3勝1敗) 3位 オール・ブラックス(2勝2敗) 4位 豊島サッカー倶楽部(1勝3敗) 5位 アラン会(4敗)  

第2回1937年11月~1938年3月

1937年11月23日(東大) 東京倶楽部 9-2 アストラ倶楽部

1937年12月12日(東大) 第5日 豊島サッカー倶楽部 5-2 アストラ倶楽部 アラン会 8-1 オール・ブラックス

1937年12月19日(東大) 東京倶楽部 22-0 アラン会 YCAC 6-2 アストラ倶楽部

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1938年1月9日(東大) 東京蹴球団 11-2 オール・ブラックス 

1938年2月6日 第12日(東大、YCAC) 東京蹴球団 8-5 KFSE YCAC オール・ブラックス

1938年2月13日 第13日(東大) 東京蹴球団 6-2 豊島サッカー倶楽部

1938年2月27日 第16日(東大) 東京蹴球団 19-0 アラン会 YCAC 5-0 豊島サッカー倶楽部  

1938年3月13日 第17日(YCAC) YCAC 11-0 KSFE
YCACは7戦全勝で優勝。2位以下は不明。

第3回1939年1月~3月

1939年1月15日(東大、YCAC) 成城 11-1 アラン KFSE 2-0 アストラ YKF 6-1 YCAC 豊島 5-0 全ブラックス

1939年1月1月22日 第3日(東大、日吉台、聖ジョセフ) 豊島倶 13-1 アラン YKF 4-1 青蹴会 東京蹴球団 4-0 KSFE オール・ブラックス 4-1 国際学友会

1939年1月28日 第5日(日吉) 青蹴会 2-2 KFSE

1939年1月29日 第5日(東大、青学) 青蹴会 2-2 アストラ 埼玉 4-1 MTR KFSE 1-0 YKT 豊島倶 7-0 国際学友会

1939年2月5日 第7日(東大) MTR 2-0 国際学友会 埼玉蹴球団 4-1 豊島倶 青蹴会 4-2 YCAC

1939年2月11日 第8日(東大) YKT 4-0 アストラ KFSE 4-4 YCAC

1939年2月12日 第9日(東大) 豊島倶 4-0 成城倶 埼玉蹴球団 3-2 オールブラックス

1939年2月19日 第10日(東大、青学) 成城倶 7-0 国際学友会 MTR 棄権 オールブラックス 東京蹴球団 5-0 アストラ

1939年3月19日(YCAC) YCAC 4-2 東京蹴球団 アラン会 棄権 MTR
A組順位 1位 YKT(4勝1敗) 2位 東京蹴球団(3勝2敗) 3位 KFSE(2勝1敗2分け) 4位 YCAC(2勝2敗1分け) 5位 青蹴会(1勝2敗2分け) 6位 アストラ倶楽部(0勝4敗1分け)
B組は埼玉蹴球団が優勝。

1939年3月26日(東京高校) 優勝決定戦 埼玉蹴球団 7-0 YKT
第3回関東倶楽部蹴球リーグ戦は埼玉蹴球団が優勝。 

第4回1939年11月~1940年2月

1939年11月23日(東京高校) アストラ 5-0 三菱倶 豊島サッカー 棄権 国際学友会

1939年12月17日(東大、青師) 東京倶楽部 2-1 埼玉蹴球団 東京蹴球団 5-1 YKT 綱町倶 7-1 アラン会 成城倶 8-0 三菱倶

1940年1月21日 決勝リーグ第1日(東大) 東京倶楽部 3-1 東京蹴球団

1940年1月28日 決勝リーグ第2日(東大) 東京蹴球団 3-1 成城倶

1940年2月4日 決勝リーグ最終日(東大) 東京倶楽部 4-0 成城倶
東京倶楽部が優勝。

第5回1940年11月(?)~1941年3月(3月の試合はディビジョン昇降のための順位決定戦)
 
1941年からディビジョン制になったようで、1941年2月9日時点での1部最終順位は以下のとおり。
1位 東京倶楽部(2勝2分け) 2位 埼玉師範(2勝2敗) 2位 アストラ倶楽部(2勝2敗) 4位 東京蹴球団(1勝2敗1分け) 4位 成城倶(1勝2敗1分け)

第5回1940/1941年度が記事がある最後だが、1942年12月にもリーグ戦を行う予定の記事はある。1942年12月にはガダルカナル島からの「転進」が決定され、1943年2月には撤収しているので、いくらなんでも1943年にリーグ戦をやることはできなかったであろう。

優勝チームは、

第1回 東京倶楽部
第2回 YCAC
第3回 埼玉蹴球団
第4回 東京倶楽部
第5回 東京倶楽部  

1955年に始まった日本蹴球協会主催、読売新聞社講演の全国都市対抗サッカー選手権では、読売をバックにして当時の実業団花形選手を集めた「東京クラブ」が第1回、第2回に優勝しているが、同じような構成の、東大、早慶など関東大学1部OBの花形選手で日本代表クラスを集めた戦前の「東京倶楽部」も3回優勝している。

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