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コンフェデ杯 終ってみれば こんなもの

まだ決勝トーナメントが残ってるが・・・

グループリーグ最大のヤマ場、スペイン-ウルグアイ戦の主審が西村氏、ブラジル-イタリア戦がイルマトフ氏なのは、アジアのレフェリーに経験を積ませようとするFIFAの配慮なのか。だとすれば、GOOD JOB!

決勝トーナメントはレフェリー人事に注目。

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小林多喜二が京阪電車に驚いた話(非蹴球)

大宅壮一「大阪文化の日本征服」『大宅壮一選集 第5 (紀行(日本篇)) 』(筑摩書房 1959) pp.274-280所収(初出は1930年6月) に以下があった。

“先月「戦旗」の同人たちと一緒に関西へ講演行ったとき、宇治の「花屋敷」を訪れて山本宣ニの墓に詣で、それから、京阪電車で中書島まで来て、大阪行の急行電車に乗らうとすると、一行中の左翼文芸陣の花形小林多喜二君があわてて飛び降りた。

「どうしたのだ?」と僕が訊くと、「だってこれはニ等ぢゃないか」と答へたので、一同大笑ひをした。”(p.274)

小林多喜二がニ等車(現在のグリーン車に相当)と間違えて飛び降りた京阪の車両はおそらくコチラ

大阪-京都間は日本有数の無料で乗れる優秀車両区間で、京阪を筆頭に阪急、JR西日本が覇を競っている。私は阪急で通学していたが、大阪市南部から通学していた連中は皆京阪を使っていたので、徹マンしに連中の家に行くときには京阪特急を使った。京阪特急といえばなんといってもテレビカー。午後5時半くらいに乗車すると大相撲の一番良い取組が見れた。いつも京橋で下車して王将でビールを飲み餃子を食っていたが、その京橋の王将が現在の大阪王将の1号店だったようだ。

最近は阪神もクロスシート車を採用しているし、関東の私鉄でこれらに対抗できるのは京急くらいではなかろうか。

「大阪文化の日本征服」が書かれた1930年は、1923年の関東大震災の記憶も生々しいときで、1925年には東京市を抜いて人口日本一になった「大」大阪市時代。大宅はドイツ的な東京に対するアメリカ的な大阪の優越について述べている。ちなみに、大宅壮一は大阪府下、阪急、JR沿線の茨木出身。

京阪電鉄が次に社史をつくるときは、上記の大宅壮一の一文を掲載するといいと思う。

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メキシコ五輪サッカー、幻の映像発見 3位決定戦完全版

メキシコ五輪サッカー、幻の映像発見 3位決定戦完全版(朝日新聞)

メキシコ・オリンピックにおけるサッカーのテレビ放映

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「ジェットフォイルつくば号」(土浦→潮来)乗船記

年に4日だけ、あやめ祭り期間の休日に運行される土浦-潮来航路に乗船してきた。

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初乗車のつくばエキスプレス秋葉原駅はかなり地下深くにある。

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快速にはクロスシート車両が使用されている。

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車窓は地下と高架と切通しの連続。筑波山が見えてきた。

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終点のつくば駅も地下駅。

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地上に出てみたが殺風景なので、バスで土浦へ。

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明治2年創業の「ほたて」。

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上天丼1,150円

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土浦駅前のビジホにチェックイン。明朝4時前に起きるため、早めに就寝。早起きできたが、ブラジル戦は手も足も出ず完敗。

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メルセデス・ベンツ社謹製ジェットフォイルつくば号全景。後ろに外部デッキがあるので、ずっとそこにいた。

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出航。ジェットフォイルなので、騒音と振動がすごい。ふつうの遊覧船で十分だと思うが。

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右舷を見ても、

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左舷を見ても同じような景色がつづく。

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潮来が近づくと、

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運河のような水路にはいる。

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潮来港。

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すぐ横がサッパ舟乗り場。

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土浦ではデッキから乗船したが、潮来では前から下船。

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あやめまつり開催中。

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前川あやめ園。入場無料。

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潮来花嫁さん。本物。潮来の娘さんは嫁入り舟で嫁入りするのがあこがれとか。

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サッパ舟

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潮来駅から鹿島線に乗車。

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北浦を鉄橋で通過。

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鹿島神宮駅到着。

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塚原卜伝像。

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駅から神宮までの途中にこんなんがあった。

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神宮入口。

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くぐると良いことがあるらしい。

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立派な門。

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本殿に参拝。

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本殿の奥は伊勢神宮のような神苑。

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鹿島にふさわしいダーティーな鹿さんたち。

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帰路は高速バスで。

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途中、旧住金鹿島製鉄所前バス停を経由。父親が住金だったので、この製鉄所ができた頃、転勤を勧められたが、阪神ファンで私立進学校生だった私が大反対した。同様の人が多かったようで、住金はその後タイガースの代わり?にアントラーズをつくり、私立進学中高一貫校も設立した。断わる理由がなくなってしまって関西から転勤した人の家族が気の毒だw

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荒川からスカイツリーを望む。順調に高速を走って東京駅へ。鹿島神宮では数人だったが、鹿島セントラルホテル前と潮来バスターミナルで大勢乗ってきて、潮来では積み残しが出るほどだった。

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1933年東西対抗蹴球

1933年2月12日(神宮) 第二放送(河西)

   全関東      全関西
GK 纐纈(慶應)   金澤(京大)
FB 井出(早大)   阿部(関学OB)
   友納(農大)   日下(大商大)
HB 立原(早大)   三崎(関学)
   右近(慶應)   山本(京大)
   岩波(慶應)   川西(関学)
FW 駒崎(慶應)   大谷(神商大)
   塚部(慶應)   中野(京大)
   津村(慶應)   永野(京大OB)
   川本(早大)   西邑(関学)
   菊地(東大)   島(関学)

全関東 3-2(3-0 0-2) 全関西

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1932年東西対抗蹴球

1932年2月7日(甲子園南運動場) 第二放送

   全関東      全関西
GK 熊井(早大)   丹羽(関学)
FB 井出(早大)   安部(関学)
   竹内(東大)   小幡(京大)
HB 柳田(成城高)  西村(京大卒)
   竹腰(東大卒)  後藤(関学)
   野澤(東大)   三崎(関学)
FW 高山(東大)   大谷(神商大)
   内藤(東大)   堺井(関学)
   市橋(慶應)   永井(京大)
   藤岡(慶應)   西邑(関学)
   鈴木(東大卒)  島(関学)

全関東 3-6(1-4 2-2) 全関西 

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東西対抗戦 1932~1962年

第1回 1932年2月7日(甲子園南運動場) 第二放送

   全関東      全関西
GK 熊井(早大)   丹羽(関学)
FB 井出(早大)   安部(関学)
   竹内(東大)   小幡(京大)
HB 柳田(成城高)  西村(京大卒)
   竹腰(東大卒)  後藤(関学)
   野澤(東大)   三崎(関学)
FW 高山(東大)   大谷(神商大)
   内藤(東大)   堺井(関学)
   市橋(慶應)   永井(京大)
   藤岡(慶應)   西邑(関学)
   鈴木(東大卒)  島(関学)

全関東 3-6(1-4 2-2) 全関西 

第2回 1933年2月12日(神宮) 第二放送(河西)

   全関東      全関西
GK 纐纈(慶應)   金澤(京大)
FB 井出(早大)   阿部(関学OB)
   友納(農大)   日下(大商大)
HB 立原(早大)   三崎(関学)
   右近(慶應)   山本(京大)
   岩波(慶應)   川西(関学)
FW 駒崎(慶應)   大谷(神商大)
   塚部(慶應)   中野(京大)
   津村(慶應)   永野(京大OB)
   川本(早大)   西邑(関学)
   菊地(東大)   島(関学)

全関東 3-2(3-0 0-2) 全関西

第3回 1934年1月21日(甲子園南)

   全関東 全関西
GK 熊井   金澤
FB 井出   阿部
   鈴木   後藤
HB 右近   福安
   立原   三崎
   高山   川西
FW 永地   大橋
   野澤   前川
   川本   東浦
   名取   西邑
   徳田   大谷

全関東 5-3(1-3 4-0) 3 全関西

第4回 1934年1月28日(神宮)

   全関東 全関西
GK 熊井   金澤
FB 井出   阿部
   鈴木   後藤
HB 右近   持地
   大崎   三崎
   高山   川西
FW 長谷川  中野
   塚部   前川
   川本   堺井
   名取   西邑
   藤岡   大谷

全関東 1-6(1-1 0-5) 全関西

第5回 1935年1月20日(神宮) 第二放送(和田)

   全関東 全関西
GK 佐野   金澤
FB 堀江   栗原
   堀越   持地
HB 立原   小橋
   石川   三崎
   岩波   川西
FW 駒崎   長岡
   播磨   前川
   川本   堺井
   右近   永津
   藤岡   大谷

全関東 6-5(4-4 2-1) 全関西

第6回 1936年1月19日(甲子園南)

   全関東 全関西
GK 佐野   上吉川
FB 竹内   後藤
   鈴木   川西
HB 笹野   小橋
   立原   赤川
   関野   岡田
FW 加茂弟  市橋
   西邑   大橋
   加茂兄  野澤
   川本   前川
   平松   大谷

全関東 3-2(0-2 2-1) 全関西

第7回 1937年2月8日(神宮) 第二放送(和田)

   全関東      全関西
GK 中垣内(文理)  上吉川(関大)
FB 石川(慶應)   宮部(関学)
   吉田(商大)   栗原(京大)
HB 種田(東大)   中西(神商)
   松丸(慶出)   木下(神商)
   松元(慶應)   三田(関学)
FW 駒崎(慶應)   市橋(慶出)
   西邑(早大)   田島(関学)
   川本(早大)   大谷(神商)
   播磨(慶應)   前川(神商)
   二宮(慶應)   小野(京大)


全関東 0-4(0-1 0-3) 全関西

第8回 1938年1月23日(甲子園南) 第二放送

   全関東      全関西
GK 津田(慶大)   上吉川(関大)
FB 屬(東大)     吉江(神商)
   菊池(東大)   井上(京大)
HB 森(東大)     田辺(関学)
   種田(東大)   木下(神商)
   関野(早大)   三田(関学)
FW 篠崎(慶大)   市橋(慶出)
   播磨(慶大)   右近(慶出)
   二宮(慶大)   大谷(神出)
   加茂健(早大)  前川(神商)
   加茂正(早大)  小野(京大)

全関東 4-1(3-1 1-0) 全関西

第9回 1939年2月5日(神宮) 第二放送(和田・飯田)

   全関東      全関西
GK 津田(慶大)   岡本(京大)
FB 吉田(早大)   笠井(関学)
   大山(東大)   西田(関大)
HB 高島(慶大)   田辺(関学)
   菊池(東大)   木下(神商)
   屬(東大)    三田(関学)
FW 二宮(慶大)   右近(慶出)
   播磨(慶大)   岡野(関学)
   阿部(東大)   大谷(神出)
   川本(早出)   田島(関学)
   加茂正(早大)  小野(京大)

全関東 3-2(1-1 2-1) 全関西

第10回 1940年1月28日(甲子園南) 

   全関東      全関西
GK 津田(慶大)   小畑(神商出)
FB 南(明大)     笠井(関学出)
   加藤(慶大)   岩田(関学)
HB 笠原(慶大)   庫元(関学)
   末岡(早大)   中村信(関学)
   高島(慶應)   田辺(関学)
FW 篠崎(慶大)   右近(慶出)
   播磨(慶大)   小川(神高商)
   二宮(慶大)   岡野(関学)
   川本(早出)   田島(関学)
   渡辺(慶大)  室山(神高商)

全関東 4-1(2-0 2-1) 全関西

第11回 1940年2月2日(神宮) 

   全関東      全関西
GK 吉沢(商大)   小畑義(神商出)
FB 石川(慶大)   大家(関学)
   原田(東大)   岩田(関学)
HB 笠原(慶大)   小橋(神商出)
   末岡(早大)   安福(関大)
   有馬(東大)   水沢(神商)
FW 大谷(東大)   三村(関大)
   裴(早大)    小畑(慶出)
   川本(早出)   中村(関学)
   高橋(早大)   室山(神商)
   加納(早大)   田島(関学出)

全関東 3-2(2-1 1-1) 全関西

第12回 1947年4月3日(神宮) 第二放送

   関東      関西
GK 金沢(京出)  向井(京出)
FB 堀江(早出)  宮部(関学出)
   高島(早出)  安居(京出)
HB 有馬(東出)  宮田(早出)
   横山(東出)  杉本(関学)
   関野(早出)  則武(神経大)
FW 篠崎(慶出)  鴇田(関学)
   渡辺(慶出)  賀川(神経大)
   二宮(慶出)  木村(関学)
   加茂兄(早出) 工藤(関学)
   加茂弟(早出) 瀬戸(関学)

 関東 2-2 関西

なお、本試合は史上初の天皇、皇太子の天覧試合。戦前から続き、国内最高格のサッカー試合とみなされていた。  

第13回 1948年4月29日(神宮)

   全関東  全関西
GK 津田   津田
FB 岡田   宮部
   堀江   岡村
HB 有馬   宮田
   横山   杉本
   関野   松本
FW 篠崎   鴇田
   渡辺   木村
   二宮   大谷
   岩谷   賀川
   加納   則武 

 全関東 5-0(2-0 3-0) 全関西

本年から優勝チームに天皇杯授与。

第14回 1949年4月17日(西宮) 第二放送

   関東     関西
GK 津田(慶出) 中垣内(文出)
FB 岡田(早大) 三木(神大)
   堀江(早出) 二宮(立出)
HB 有馬(東出) 宮田(早出)
   末岡(早出) 杉本(関学出)
   関野(早出) 則武(神出)
FW 篠崎(慶出) 鴇田(関学)
   渡辺(慶出) 賀川(神出)
   二宮(慶出) 木村(関学出)
   大埜(東大) 工藤(関学出)
   加納(早出) 和田(関大)

 関東 2-4(1-2 1-2) 関西

関西は1937年以来の勝利。

第15回 1950年4月2日(神宮) 第二放送

 全関東 2-1(2-0 0-1) 全関西

第16回 1951年4月1日(西宮)

   全関東     全関西
GK 津田(慶出)  中垣内(東文出)
FB 鈴木吉(立教) 加藤(東文出)
   鈴木得(慶)  岡田(早出)
HB 宮崎(早)    宮田(早出)
   有馬(東大出) 杉本(関学出)
   植村(慶)    高田(関大出)
FW 則武(神大出) 鴇田(関学出)
   早川(慶)    賀川(神大出)
   加納(早出)  大谷(東大出)
   大埜(東大出) 岩谷(早出)
   重松(慶)    和田(関大出)

 全関東 3-1(1-1 2-0) 全関西

関東大学リーグOBで関西勤務の人が多く、全関西イレブンのうち、関西大学リーグ出身者は5名のみ。

第17回 1952年4月6日(神宮)

   全関東       全関西
GK 村岡(教大)    生駒(関学)
FB 田村(早出)    山形(関大出)
   鈴木吉(立出)   岡田(早出)
HB 山口(明出)    岡村(関学出)
   堀口(早出)    加藤(東出)
   大埜(東出)    宮田(早出)
FW 松永弟(早出)  木村(関学)
   鈴木得(慶大)  賀川(神経出)
   松永兄(教出)  鴇田(関学出)
   伯井(早出)   岩谷(早出)
   加納(早出)   和田(関大出)

 全関東 1-2(0-1 1-1) 全関西 

第18回 1953年4月5日(西宮)

   全関東       全関西
GK 津田(慶大出)   生駒(関学)
FB 土井田(慶大出)  平木(関学)
   田村(早大出)   岡田(早大出)
HB 山口(明大出)   柴田(関学出)
   松永(東文大出)  杉本(関学出)   
   松岡(慶大出)   宮田(早大出)
FW 鈴木(慶大出)   鴇田(関学出)
   早川(慶大出)   賀川(神経出)
   重松(慶大)    岩谷(早大出)
   大埜(東大出)   川本(早大出)
   加納(早大出)   徳弘(関学)

 全関東 1-1(1-0 0-1) 全関西

第19回 1954年4月4日(神宮)

   全関東     全関西
GK 村岡(教出)  渡部(国学出)
FB 土井田(慶出) 平木(関学)
   青木(早出)  岡田(早出)
HB 李(中大)    宮田(早出)
   三村(中出)  杉本(関学出)
   大埜(東出)  井上(関学出)
FW 鈴木(慶出)  木村(関学出)
   小林(慶出)  賀川(神経出)
   二宮(慶出)  鴇田(関学出)
   長沼(中出)  岩谷(早出)
   加納(早出)  徳弘(関学)

 全関東 2-2(2-0 0-2) 全関西 

第20回 1955年4月3日(西宮)

   全関東     全関西
GK 村岡(教大出) 古川(関大)
FB 青木(早大出) 前川(関大出)
   景山(立教)  平木(関学)
HB 李(中大出)  佐藤(関学出)
   三村(中大出) 山路(早大出)
   大埜(東大出) 井上(関学出)
FW 鈴木(慶大出) 鴇田(関学出)
   小林(慶大出) 高林(立教出)
   田中(中大)  木村(関学出)
   岩淵(慶大出) 岡本(関学)
   加納(早大出) 徳弘(関学出)

 全関東 1-3(1-1 0-2) 全関西

第21回 1956年4月8日(神宮)

『朝日新聞』の全関西社会人選手は所属クラブ名、『讀賣新聞』は従来どおり出身大学になっているので、両方記した。当時の社会人選手は全日本選手権(現・天皇杯)には大学OBクラブ、都市対抗には地域クラブ、実業団選手権には所属実業団チームから出場するのが一般的だった。大阪クラブや六甲クラブには、出身大学OBクラブに参加できない、関東大学OBが所属している。

   全関東     全関西
GK 村岡(教大出) 古川(関大)
FB 青木(早大出) 平木(関学)
   景山(立大)  岡田(早大出・六甲ク)
HB 福原(教大出) 佐藤(関学出・関学ク)
   三村(中大出) 山路(早大出・大阪ク)
   高林(立大出) 大村(立大出・大阪ク)
FW 八重樫(早大) 鴇田(関学出・関学ク)
   小林(慶大出) 岩谷(早大出・大阪ク)
   内野(中大)  末広(関大出・関大ク)
   長沼(中大出) 岡本(関学出・関学ク)
   岩淵(慶大出) 北口(関学出) 

 全関東 1-1(0-0 1-1) 全関西

第22回 1957年4月7日(西宮)

   全関東     全関西
GK 松本(埼玉大) 古川(関大出)
FB 青木(早大出) 前川(関大出)
   高森(立大出) 平木(関学出)
HB 轡田(早大)  佐藤(関学出)
   三村(中大出) 小沢(東洋工業)
   栗田(早大)  大村(立大出)
FW 八重樫(早大) 鴇田(関学出)
   内野(中大出) 寺西(八幡製鉄)
   織田(早大出) 渡辺(八幡製鉄)
   小林(慶大出) 李(関学)
   岩淵(慶大出) 徳弘(関学出) 

 全関東 0-1(0-1 0-0) 全関西

全関西には東洋工業、八幡製鉄の選手が加わり、「西日本代表」化している。小沢通宏が「東教大出」ではなく、東洋工業になっているのは、全日本選手権には大学OBチームではなく、東洋工業所属選手として出場していたからであろう。

第23回 ?

1958年東西対抗サッカーの記事は朝日にも讀賣にも見当たらない。

両紙とも1957年を第27回、1959年を第29回としているので、1958年に開催されたのは間違いなさそうだが。
例年4月第一日曜に開催されているので、1958年は4月6日開催か?

第24回 1959年4月5日(小石川サッカー場)

   全関東         全関西
GK 生駒(新三菱重工)  古川(ダンロップ)
FB 平木(古川電工)   青木(千代田生命)
   高森(日本鋼管)   島谷(関大)
HB 鎌田(中大)      佐藤(関学ク)
   宮本(早大)      小沢(東洋工業)
   胡(茨城日立)     三田(関大ク)
FW 二宮(新三菱重工)  鴇田(田辺製薬)
   八重樫(古川電工)  佐々木(ダンロップ)
   川淵(早大)      大橋(湯浅電池)
   長沼(古川電工)   佐伯(八幡製鉄)
   北口(新三菱重工)  徳弘(名古屋ク)

 全関東 2-2(1-1 1-1) 全関西

全関東は丸の内御三家代表という感じ。現役の鎌田、宮本、川淵も古河入りすることに。

第25回 1960年4月3日(西宮)

   全関東        全関西
GK 井上(中大)     古川(ダンロップ)
FB 平木(古河電工)  島谷(関大)
   高森(日本鋼管)  石川(八幡製鉄)
HB 宮本(早大)     佐藤(関学ク)
   高橋(早大)     小沢(東洋工業)
   服部(早大)     川西(東洋工業)
FW 二宮(新三菱重工) 鴇田(田辺製薬)
   安藤(立大)     佐々木(ダンロップ)
   川淵(早大)     李(関学ク)
   渡辺(立大)     佐伯(八幡製鉄)
   田中(立大)     徳弘(名古屋ク)

 全関東 2-3(1-0 1-3) 全関西

全関東は8名が現役大学生。

第26回 1961年4月2日(小石川サッカー場)

   東軍         西軍
GK 保坂(古河電工)  古川(日本ダンロップ)
FB 高森(日本鋼管)  則岡(関学)
   片山(慶大)     杉村(八幡製鉄)
HB 平木(古河電工)  佐藤(川惣電機)
   島谷(古河電工)  小沢(東洋工業)
   鎌田(古河電工)  川西(東洋工業)
FW 内野(古河電工)  宮本(八幡製鉄)
   桑田(早大)     佐伯(八幡製鉄)
   川淵(古河電工)  李(自営)
   八重樫(古河電工) 佐々木(日本ダンロップ)
   渡辺(立大)     志治(関学)

交代(西) FW 北口(関大)

東軍 2-1(2-1 0-0) 西軍 

第27回 1962年4月1日(うつぼサッカー場)

   東軍          西軍
GK 片伯部(中大)    古川(ダンロップ)
FB 平木(古河電工)   則岡(関学)
   宮本(古河電工)   上(八幡製鉄)
HB 島谷(古河電工)   山中(関学)
   渡辺(中大)     小沢(東洋工業)
   鎌田(古河電工)  川西(東洋工業)
FW 内野(古河電工)  宮本(八幡製鉄)
   八重樫(古河電工) 佐伯(八幡製鉄)
   川淵(古河電工)  渡辺(八幡製鉄)
   桑田(早大)     継谷(関学)
   松本(早大)     志治(関学)

【交代】東軍:FB片山(慶大) FW野村(中大) 西軍:FB杉村(八幡製鉄) FW神田(八幡製鉄) 

 東軍 1-2(0-1 1-1) 西軍

本年で東西対抗は終了したもよう。『朝日』『讀賣』両紙とも、戦前からの通算成績は関東の12勝10敗6分け、と報じている。本稿と回数が合わない。本稿の範囲内では関東の11勝10敗5分け1不明。1958年は関東の勝ちか引き分けだったようである。

1966年から日本サッカーリーグの東西対抗が始まるが、これはいわゆるオールスター戦で、地域代表の対抗戦ではない。

 

 

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1962年東西対抗サッカー

1962年4月1日(うつぼサッカー場)

   東軍          西軍
GK 片伯部(中大)    古川(ダンロップ)
FB 平木(古河電工)   則岡(関学)
   宮本(古河電工)   上(八幡製鉄)
HB 島谷(古河電工)   山中(関学)
   渡辺(中大)     小沢(東洋工業)
   鎌田(古河電工)  川西(東洋工業)
FW 内野(古河電工)  宮本(八幡製鉄)
   八重樫(古河電工) 佐伯(八幡製鉄)
   川淵(古河電工)  渡辺(八幡製鉄)
   桑田(早大)     継谷(関学)
   松本(早大)     志治(関学)

【交代】東軍:FB片山(慶大) FW野村(中大) 西軍:FB杉村(八幡製鉄) FW神田(八幡製鉄) 

東軍 1-2(0-1 1-1) 西軍

本年で東西対抗は終了したもよう。戦前からの通算成績は関東の12勝10敗6分け。
戦前は関東の7勝4敗だったので、戦後は関東の5勝6敗6分け。戦後は関西(西軍)が勝ち越している。

1966年から日本サッカーリーグの東西対抗が始まるが、これはいわゆるオールスター戦で、地域代表の対抗戦ではない。

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1961年東西対抗サッカー

1961年4月2日(小石川サッカー場)

   東軍         西軍
GK 保坂(古河電工)  古川(日本ダンロップ)
FB 高森(日本鋼管)  則岡(関学)
   片山(慶大)     杉村(八幡製鉄)
HB 平木(古河電工)  佐藤(川惣電機)
   島谷(古河電工)  小沢(東洋工業)
   鎌田(古河電工)  川西(東洋工業)
FW 内野(古河電工)  宮本(八幡製鉄)
   桑田(早大)     佐伯(八幡製鉄)
   川淵(古河電工)  李(自営)
   八重樫(古河電工) 佐々木(日本ダンロップ)
   渡辺(立大)     志治(関学)

交代(西) FW 北口(関大)

東軍 2-1(2-1 0-0) 西軍 

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1960年東西対抗サッカー

1960年4月3日(西宮)

   全関東        全関西
GK 井上(中大)     古川(ダンロップ)
FB 平木(古河電工)  島谷(関大)
   高森(日本鋼管)  石川(八幡製鉄)
HB 宮本(早大)     佐藤(関学ク)
   高橋(早大)     小沢(東洋工業)
   服部(早大)     川西(東洋工業)
FW 二宮(新三菱重工) 鴇田(田辺製薬)
   安藤(立大)     佐々木(ダンロップ)
   川淵(早大)     李(関学ク)
   渡辺(立大)     佐伯(八幡製鉄)
   田中(立大)     徳弘(名古屋ク)

全関東 2-3(1-0 1-3) 全関西

全関東は8名が現役大学生。

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1959年東西対抗サッカー

1959年4月5日(小石川サッカー場)

   全関東         全関西
GK 生駒(新三菱重工)  古川(ダンロップ)
FB 平木(古川電工)   青木(千代田生命)
   高森(日本鋼管)   島谷(関大)
HB 鎌田(中大)      佐藤(関学ク)
   宮本(早大)      小沢(東洋工業)
   胡(茨城日立)     三田(関大ク)
FW 二宮(新三菱重工)  鴇田(田辺製薬)
   八重樫(古川電工)  佐々木(ダンロップ)
   川淵(早大)      大橋(湯浅電池)
   長沼(古川電工)   佐伯(八幡製鉄)
   北口(新三菱重工)  徳弘(名古屋ク)

全関東 2-2(1-1 1-1) 全関西

全関東は丸の内御三家代表という感じ。現役の鎌田、宮本、川淵も古河入りすることに。

新三菱重工の東京移転は1960年10月かと思っていたら、1959年4月には東京移転していたようだ。しかし、1959年と1960年の全日本実業団選手権には「関西代表」として出場しているのだが。
新三菱重工サッカー部の東京移転          

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1958年東西対抗サッカー

1958年東西対抗サッカーの記事は朝日にも讀賣にも見当たらない。

両紙とも1957年を第27回、1959年を第29回としているので、1958年に開催されたのは間違いなさそうだが。
例年4月第一日曜に開催されているので、1958年は4月6日開催か?

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