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1908年の『学生タイムス』記事における当時のサッカー普及状況

碧落子 「蹴球界(下)」 『学生タイムス』4巻2号 1908年1月 p.15 

サッカーに関する部分のみ

“アッソシエーション式の蹴球技はラ式に比すれば稍やゲーム風が温和にして、ラ式を「楕円球式」と称するに対し、ア式は「円球式」と称せらる。東京に於ては高等師範学校を覇者とし、慈恵医院医学専門学校、青山の東京府師範学校等のチームを重もなるものとす。地方にありては多く東北の諸師範学校に採用せられ、就中、福島師範、山形師範等に過般高師選手を聘して其の指導を受け発達見るべきものありと云ふ。由来、東北一帯は常に寒気強ければベースボール或はテニス等よりも斯のフットボールに適するが如し。思ふに将来の発展目覚ましきものあらむ。”

東京高等師範学校々友会蹴球部編『フットボール』(大日本図書, 1908)には、1908(明治41)年当時のサッカー普及状況が以下のように記されている。

“一昨年頃から東京府師範学校でも亦フットボールを始め、昨年の十一月に高等師範学校とマッチをした。惟ふにこれは我が国に於ける日本人同士のフットボール・マッチの始めてであらう。続いて高等師範と慈恵医院医学専門学校とのマッチがあった。東京に於てこのやうに一時に勃興しつつあるのみならず、各地方に於ても亦頻りにフットボールの声が高くなって、愛知県、山形県、福島県、茨城県、埼玉県等の各師範学校では、已に盛にやって居る。その他中学等でもやってゐる所もあるし、又始めようとしてゐる所も沢山あるやうである。”(p.14)

1908年は東京高等師範学校が初めてYC&ACに勝利した年であるが、上記2文献によれば東日本の師範学校に普及していたようである。中学校への普及も東北地方が早く、当時荘内中と仙台一中はサッカーを始めていた。→明治45年(1912年)5月11日の東北(みちのく)ダービー

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Comments

東京高師以外の流れが東北で2校あり、交通不便な時代にダービーが行われていたとは驚きです。荘内中の1905年、仙台一中の1908年は、全国的にみても最古の部類ではないでしょうか?

Posted by: 蹴球生 | July 28, 2013 09:22 AM

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