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竹腰重丸のマジック・マジャール観戦記

1952年オリンピック・ヘルシンキ大会のサッカー決勝はユーゴスラビア対ハンガリー。竹腰重丸は日本蹴球協会機関誌『蹴球』v.10no.4/5 1953.4/5 p.4-11「第15回ヘルシンキオリンピック大会報告書 3」中に本試合の観戦記を寄稿している(上記リンク先で全文アクセス可)。竹腰は『オリンピック大会報告書. 第15回(1952年ヘルシンキ) 』(日本体育協会 1953)にも観戦記を書いているので、紹介したい。

本試合のFIFAマッチ・レポートはコチラ

“(ホ) 優勝戦について

 準決勝戦で、スエーデンは気力不足の試合振りでハンガリーに大差で敗れ、西独は健闘し乍ら技量の差は如何ともし難くユーゴーに3対1で敗退し、優勝戦はハンガリーとユーゴーとの両国代表間に8月2日に行われた。双方共速攻、遅攻いづれも可能で、殆ど非の打ちどころのない感のある攻撃力旺んなティームであった。球扱いも身体のこなしも日本の最上級FWよりもすぐれているハンガリーのバックスに対しても、ユーゴーFWは速攻とヘッディングの強さで2点程度は得点可能と思われ、一方ユーゴーの守備陣は敏捷そのものであり大会随一かとも思われる精力的な動きをするRHが小柄なほかは巨躯を持って居るが廻転やスタートダッシュの鋭さに難が見出されるのでハンガリーFWは4点程度得点することが予想された。

 前半戦は双方共実に慎重な試合振りに終始した。双方共激しく激しく動き盛んに所謂チェンジポジションを行って攻めはするが球を確実に保持することを主眼にするかに見え、所謂「きわどい」パスは殆んど全く見られなかった。加之、シュートと思う時機にも更に一歩のドリブル或はより有利な味方へのパスをするなど慎重に過ぎて得点機を失した。開始後20分迄に放ったショット共に一本宛に過ぎなかった。35分ハンガリーはPKに恵まれたがシュートの名手であるCFは強蹴乍らキーパーの右1米半位に蹴ってユーゴーのキーパーに完全に掴まれて了った。その様な凡蹴は考えられないことで優勝戦である為固くなったと見るほかはない。前半はハンガリー優勢で数回の好機があったがゴール前で慎重に過ぎてユーゴーの3バックスの巨躯に遮蔽されたりキーパーの確実な捕球に阻まれた。

 後半戦には双方共明瞭に作戦を変更して速攻にいで、戦況は活発さを増した。対等な戦況の中11分にユーゴーはRW→CF→LWの速攻でLWはキーパーと1対1で得点と思わせたがそのシュートは僅かにゴールを外れた。25分に至りハンガリーは自陣で球を横に廻しLIからの15米位の縦パスを受けたCFは約50米を快速ドリブルで2人を外し突進するキーパーをも左に外して1点を挙げた。其後も双方速攻を繰返し活発な戦況ではあったが前半同様ゴール前で慎重に過ぎて容易に得点とならなかった。タイムアップ3分前ユーゴーRIは快速ドリブルでPエリア内に突込んだがハンガリーバックスの敏捷な動きでシュートの機を得ず、ゴールライン上ポストから5米位の位置から低い球で強く中に入れたが得点と思う一瞬キーパーが挺身そのパスをインターセプトして好捕し1対0のまま終ると思われた。然るに残り時間1分足らず前ユーゴー陣右深くに攻込んだハンガリーは混戦中からそのCFが中に入れた球をLIが受けてシュートして1点を加え2対0の記録でハンガリーの優勝するところとなった。ハンガリーとしては初めて優勝である。

 些か固くなった感があったが、此の試合は優勝戦に相応しく技術的には最も纏りのある試合であったと云うべきであろう。簡単に全貌を写すことは出来ないが、球扱いが非常にすぐれ確実に球を廻し乍らスピードに富み全員激しく動き廻って戦うさまは、バスケットボール試合のスケールを大きくして力強さを加えたものと表現して差支えない感があり蹴球の魅力を十分に感じさせる好試合であった。”(p.436-437)

『蹴球』誌の観戦記と同内容。

LIからの15米位の縦パスを受けたCFは約50米を快速ドリブルで2人を外し突進するキーパーをも左に外して1点を挙げた

というプスカシュ(#19)の先制ゴールと、

ユーゴー陣右深くに攻込んだハンガリーは混戦中からそのCFが中に入れた球をLIが受けてシュートして1点を加え”た

チボール(#20)の2点目ゴールのYou Tube動画はコチラ

断片的な動画だが、終了1分前の2点目のプスカシュのアシストも、センターサークルからコーナー付近までドリブルで持ち込んだもので、プスカシュとハンガリーが個人技だけでなく、フィジカル、戦術面でも卓越していたことがよくわかる。

日本でもハンガリー・サッカーが一目おかれていたことは、ハンガリー人アルパド・チャナディによる『チャナディのサッカー 』(村岡博人,窪田登訳 ベースボール・マガジン社 1967)が邦訳され、1984年に改版(宮川毅訳)が、さらに1994年には「新版」が刊行され、版を重ねていることに示されている。本書は10数カ国語に翻訳されたサッカーの名著で、岩波書店も版権をねらっていたそうだ。

61年前の観戦記だが、

球扱いが非常にすぐれ確実に球を廻し乍らスピードに富み全員激しく動き廻って戦うさまは、バスケットボール試合のスケールを大きくして力強さを加えたものと表現して差支えない

とは、最高のチームのスタイルは時代を越えていつも同じのようだ。


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