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富山1泊2日

本来なら「高山・富山1泊2日」になるはずだったが・・・

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新宿発7:00のバスに乗車するはずが、目覚めたのは6時半過ぎ。バスのチケットはむなしく手元に。

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しかたなく宿泊予定地の富山に新幹線で越後湯沢経由で行くことに。越後湯沢で途中下車。

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爆弾おにぎりを購入。以前はイートインできたが、現在はテイクアウトのみ。

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魚沼産コシヒカリを堪能できる。具もたっぷり。

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金沢行「はくたか」に乗車。

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親不知付近。

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富山駅は新幹線工事中。

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まだチェックインまで時間があるので地鉄に乗って時間を潰す。

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普通列車でもロマンスシートがうらやましい。

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ジャンクション駅の寺田駅。右書きの駅名がいい味出してます。

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富山駅にバック。J2残留がかかったこの試合はNHK総合が中継。

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土産店にケロリンの風呂桶。富山名産だったのね。

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日本全国にあるケロリン桶は富山の薬売りの置き土産だったのだ。

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夜は去年も行った「さんじゅうまる」へ。「親爺」、「あら川」などが参集する駅前オヤヂ天国ゾーンにある。「親爺」に行くつもりが臨時休業中だった。

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去年も頼んだカワハギ刺し。

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今シーズン初の白子酢。

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去年も頼んだカレイ焼き。生ビール1杯、立山冷や2合でしめて3,600円ほど。

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駅前で白エビ天丼。

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駅前コンフォートホテルの朝食バイキング。とろろ昆布のおにぎりはキオスクやコンビニでも売ってるご当地もの。

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池袋行きバスは10:30なので時間潰しに駅北口に行ってみた。

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こざっぱりとした駅北地区。歩道がやたら広い。

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岩瀬浜に続く富岩運河。

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駅南口と北口を結ぶ地下道。神戸、大阪ではこーゆーところはカツアゲに注意だが、さすがに富山では危険を感じず。

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地下道に飾ってあった中学生の作品。指詰め(エンコ詰め)を想起させる。

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西武バスに乗車。

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親不知付近。

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昼飯は富山駅弁源のまつたけめし。おかずの野菜煮物がよくできていた。

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帰宅しての晩飯は青山の特選鱒鮨。

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特選は鱒が天然桜鱒とのこと。普通のは養殖サーモントラウトらしい。

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日本最初のフットボール事故死者?

アジア歴史資料センターの「資料の閲覧」を「フートボール」で検索すると、7番目に「兵学校届 生徒浅田亨死去」が表示される。

3/6画像に、明治13(1880)年7月2日に死去した浅田亨は、

“去月廿八日午後六時三十分頃「フートボール」運動を行フノ際誤テ左眼窩上縁ニ梼傷ヲ蒙リ爾来頭痛嘔気等アリ シカ敢テ自ラ意トセス適々学業試検中ナルカ故ニ強テ非常ノ勉励ヲナシ甚タ脳力ヲ労セリ”

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病名は「脳震盪兼脳膜炎」。浅田亨は予科生徒で年齢は「十四年十一ヶ月」、現在の中学生くらいの年齢である。フィジカル面が十分でないのに接触プレー?をして負傷し、試験中なので無理を通して頑張ったことが死因となったようである。「梼傷」とはいったいどんな傷なのであろうか。次回のサッカー史研究会で大畠先生に聞いてみよう。

これにより、海軍兵学校はダグラスが去った後も「フートボール」をやっていたことがわかる。事故発生時間は「午後6時30分」なので、「フートボール」は課外時間に行われていたようである。

当時の兵学校校長は仁礼景範、海軍卿は榎本武揚であった。

『海軍兵学校沿革』(原書房 1968 海軍兵学校 (大正8年) 刊の複製)の「明治十三年」の項には、

“七月三日 予科生徒浅田亨校内ニ於テ病死セリ”(p.290)

とある。同年12月17日に海軍少尉補に任官した生徒には、島村速雄加藤友三郎がいる。30名掲載されているが1番目が島村、2番目が加藤。イロハ順でも五十音順でもないので、これがいわゆるハンモック・ナンバー(兵学校の卒業成績順)というやつなのだろうか。島村と加藤は7期で、秋山真之は17期、浅田亨は島村、加藤の後輩、秋山の先輩にあたる。フットボール事故にあわずに長生きしてれば、日露戦争の英雄になって『坂の上の雲』に登場したかもしれない。

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カタツムリ

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ベランダにカタツムリ。

2階、地階ベランダがあるので実質3階なのにどうやって来たのやら。

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筑波大学蹴球部

五三桐の下の「SINCE 1896」が誇らしげな筑波大学蹴球部HPの歴史に関するページは「チーム紹介」のみ。

まあ、書き出すときりがないんでしょうが。

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早稲田大学ア式蹴球部HPの「特集」

大学サッカー部HPめぐり第2弾。HPに「特集」があって、ここが歴史コーナー。

伝統の立役者たち
現在のところ八重樫茂生氏と森考慈氏のみ。2人の追悼座談会も。

五輪と早稲田

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慶應義塾大学体育会ソッカ―部のHPに「歴史館」が

慶應義塾大学体育会ソッカ―部のHPに「歴史館」というコーナーができていた。

歴史館1≪体育会ソッカー部までの道のり≫に記された倶楽部創立発起人のうち、範多龍平、千野正人は神戸一中OB。合宿も神戸で行なわれたことが記されている。

歴史館2≪主将、浜田諭吉氏≫に記された体育会ソッカ―部初代主将の濱田諭吉氏も神戸一中OB。

かくの如く神戸一中と慶應ソッカ―部は創立当時から関係が深く、神戸一中→慶應コースの日本代表も数多く輩出している。その最後が現JFA会長。


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初のプロレステレビ中継

1954年2月19日の初のプロレステレビ中継は当時2局しかなかったテレビ局が2局とも中継した。日本テレビが19:30~21:00、NHKが20:00~21:00。

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日本テレビのプロレスの前は「朝日ニュース」。資本不足だった日本テレビには朝日新聞社も出資しており、初期は「朝読同舟」だったようである。

『讀賣新聞』1954年2月20日付によれば、18:15開始で番組は、

15分一本勝負 登喜 引き分け 清美川
20分一本勝負 駿河海 足取固め18分20秒 長沢
30分一本勝負 遠藤 腕固め26分20秒 マンフリー
45分三本勝負
 ブランス 腕固め11分17秒 山口
 山口 体固め9分45秒 マンフリー
 ブランズ 体固め2分10秒 山口
60分三本勝負(二人組)
 木村・力道山 体固め14分15秒 ベン・マイク
 ベン・マイク 反則勝8分20秒 木村・力道山
 ベン・マイク 引き分け 木村・力道山

日本テレビはセミ・ファイナルから、NHKはメインの試合のみを放映したようだ。

同日付『朝日新聞』もまじめな試合評を掲載している。

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主要スポーツのテレビ初中継

出拠:杉山茂,『テレビスポーツ50年 オリンピックとテレビの発展 力道山から松井秀喜まで』(角川インタラクティブ・メディア 2003) p.56-57

プロ野球パリーグ 1953.8.23 阪急対毎日(西宮球場) NHK
プロ野球セリーグ 1953.8.28 巨人対阪神(後楽園球場) 日本テレビ
高校野球 1953.8.13 熊本高対白石高(甲子園球場) NHK
大学野球 1953.4.12 明大対東大(神宮球場) NHK
大相撲 1953.5.16 夏場所初日(蔵前仮設国技館) NHK
陸上競技 1953.11.3 東西対抗陸上競技会(神宮競技場) NHK
マラソン(完全中継) 1963.5.12 第18回毎日マラソン(東京オリンピックコース) TBS
水泳 1953.6.7 第25回早慶対抗(神宮プール)
サッカー 1953.11.14 中大対早大(神宮競技場) NHK
バレーボール(6人制) 1955.5.15 アジア選手権 男子 日本対インド(東京体育館) 日本テレビ
バスケットボール 1953.10.31 早大対立大(旧・両国国技館) NHK
ハンドボール(7人制) 1958.2.2 第13回東西対抗(東京体育館) NHK
ホッケー 1955.7.10 東西対抗男子(神宮競技場) NHK 
ラグビー 1953.9.16 ケンブリッジ大学対全明大(秩父宮ラグビー場) NHK
アメリカンフットボール 1954.4.29 早慶対抗(神宮競技場) NHK
テニス 1954.9.25 プロテニス東京大会(田園コロシアム) 日本テレビ 
卓球 1953.12.14 学生東西対抗(大阪府立体育館) NHK
フェンシング 1955.6.19 関東学生リーグ最終日(国民体育館) NHK
スキー ジャンプ 1958.3.2 冬季国体(札幌) NHK
スピードスケート 1955.3.29 第2回全日本男子インドア(後楽園アイスパレス) 日本テレビ
フィギュアスケート 1960.3.30 第28回全日本選手権(後楽園アイスパレス) 日本テレビ
アイスホッケー 1953.10.22 早慶定期戦(芝スポーツセンター) NHK
ボート 1954.9.11 第32回全日本選手権(戸田コース) NHK
ゴルフ 1957.10 カナダカップ(霞ヶ関カントリー倶楽部) 日本テレビ
アマチュア・ボクシング 1955.4.28 ゴールデングローブ東日本決勝(東京体育館) KRT
プロ・ボクシング 1953.9.19 白井義男対レオ・エスピノサ(大阪球場) NHK
アマチュア・レスリング 1954.5.22 世界レスリングフリースタイル選手権(東京体育館) NHK
プロ・レスリング 1954.2.19 力道山・木村政彦対シャープ兄弟(蔵前仮設国技館) 日本テレビ・NHK
体操 1953.9.4 日独対抗(旧・両国国技館) NHK
柔道 1954.5.5 全日本選手権(旧・両国国技館) 日本テレビ・NHK
剣道 1953.11.8 全日本選手権(蔵前仮設国技館) 日本テレビ
競馬 1953.10.18 カブトヤマ記念(中山競馬場) NHK
競輪 1953.11.23 後楽園競輪(後楽園競輪場) 日本テレビ

テレビ放送が開始されたのは1953年だが、同年中に主要なスポーツの多くが初中継されている。1番早いのが東京六大学野球の1953年4月12日だったようである。

意外なことに、プロボクシング、プロレス、競馬もNHKが初中継している。    

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第9回~第22回全国中等学校蹴球大会(1926.1~1940.8)(ラグビー)出場校

第8回まで大阪毎日新聞社主催日本フットボール大会(実質はサッカーもラグビーも近畿大会)として開催されてきた大会は、第9回から地区予選を行う全国選手権として全国中等学校蹴球大会に改称する。

全国選手権化されて以降の戦前のサッカーの出場校、及び同時期の全国中等学校優勝野球大会の出場校については、「戦前におけるサッカーと野球の中等教育への普及度」に記した。

では、同時期のラグビーの出場校およびその校種別分布はどうだろうか。

出拠:村上清司著『激闘高校ラグビー : 全国大会70年の軌跡』(毎日新聞社 1991)

第9回(1926.1) 7校
【東京】慶應普 早実 【京都】京都一商 同志社中 【大阪】天王寺中 【福岡】福岡中 【満州】南満州工
優勝:同志社中 準優勝:南満州工

第10回(1928.1) 8校
【東京】早実 慶應普 【京都】京都一商 同志社中【大阪】天王寺中 【奈良】天理中【 福岡】福岡中 【満州】奉天中
優勝:同志社中 準優勝:天王寺中

第11回(1929.1) 8校
【東京】慶應普 早実【京都】同志社中 京都三中 【大阪】天王寺中 【兵庫】神戸一中 【福岡】修猷館中 【朝鮮】京城中 
優勝:同志社中 準優勝:早実

第12回(1930.1) 8校
【秋田】秋田工 【東京】慶應普 【京都】同志社中 【兵庫】神戸一中 【奈良】天理中 【福岡】福岡中 【満州】奉天中 【朝鮮】京城師範
優勝:慶應普 準優勝:同志社中

第13回(1931.1) 8校
【秋田】秋田工 【東京】慶應普 【京都】同志社中 【兵庫】神戸一中 【奈良】天理中 【福岡】福岡中 【朝鮮】京城師範 【台湾】台北一中
優勝:京城師範 準優勝:天理中

第14回(1932.1) 8校 
【秋田】秋田工 【東京】名教中 【京都】同志社中 【大阪】天王寺中 【兵庫】神戸一中 【満州】鞍山中 【朝鮮】京城師範 【台湾】台北一中
優勝:京城師範 準優勝:同志社中

第15回(1933.1) 8校
【秋田】秋田工 【東京】日大ニ中 【京都】京都一商 【兵庫】神戸二中 【奈良】天理中 【福岡】福岡中 【満州】鞍山中 【朝鮮】京城師範
優勝:京城師範 準優勝:天理中

第16回(1934.1) 12校
【北海道】北海中 【秋田】秋田工 【東京】慶應普 【京都】京都一商 【大阪】天王寺中 【兵庫】神戸二中 【広島】広島一中 【徳島】脇町中 【福岡】福岡中 【満州】鞍山中 【朝鮮】京城師範 【台湾】台北一中
優勝:秋田工 準優勝:京城師範

第17回(1935.1) 12校
【北海道】札幌商 【秋田】秋田工 【東京】早実 【京都】京都三中 【兵庫】神戸二中 【奈良】天理中 【広島】崇徳中 【徳島】徳島中 【福岡】福岡中 【満州】鞍山中 【朝鮮】京城師範 【台湾】台北一中
優勝:鞍山中・台北一中

第18回(1936.1) 12校
【北海道】函館商 【秋田】秋田工 【東京】成城尋常 【京都】京都一商 【兵庫】神戸一中 【奈良】天理中 【広島】崇徳中 【徳島】脇町中 【福岡】福岡中 【満州】鞍山中 【朝鮮】京城商 【台湾】台北一中
優勝:天理中 準優勝:神戸一中

第19回(1937.1) 12校
【北海道】北海中 【秋田】秋田工 【東京】早実 【京都】京都一商 【兵庫】神戸一中 【奈良】天理中 【広島】崇徳中 【徳島】脇町中 【福岡】福岡中 【満州】撫順中 【朝鮮】培材高普 【台湾】台北一中
優勝:培材高普 準優勝:台北一中

第20回(1938.1) 12校
【北海道】函館商 【秋田】秋田工 【東京】保善商 【京都】同志社中 【兵庫】神戸二中 【奈良】天理中 【広島】崇徳中 【徳島】脇町中 【福岡】福岡中 【満州】撫順中 【朝鮮】養正高普 【台湾】台北一中
優勝:秋田工 準優勝:養正高普

第21回(1939.1) 12校
【北海道】函館商 【秋田】秋田工 【東京】保善商 【京都】同志社中 【大阪】北野中 【兵庫】神戸一中 【広島】崇徳中 【愛媛】松山中 【福岡】福岡中 【満州】撫順中 【朝鮮】京城中 【台湾】台北工
優勝:撫順中 準優勝:秋田工

第22回(1940.1) 12校
【北海道】函館商 【秋田】秋田工 【東京】保善商 【京都】同志社中 【大阪】北野中 【兵庫】神戸二中 【広島】崇徳中 【愛媛】松山中 【福岡】福岡商 【満州】撫順中 【朝鮮】養正中 【台湾】台北工
優勝:撫順中 準優勝:秋田工

★ 全国大会出場校レベルでの校種別分布

普通中学    実業学校    師範学校
98校(70.5%)  35校(25.2%)  6校(4.3%) 

★ 全校大会決勝レベルでの校種別分布

普通中学    実業学校    師範学校
18校(64.3%)  6校(21.4%)  4校(14.3%)
外地学校比率 12校(42.9%)

★ 全国大会優勝レベルでの校種別分布

普通中学    実業学校    師範学校
10校(66.7%)  2校(13.3%)  3校(20.0%)
外地学校比率 8校(53.3%) 

 

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日本で最初にテレビ中継されたサッカー試合に長沼健氏が出場

日本最初にラジオ中継されたサッカー試合は1930年12月28日甲子園南運動場における京大対東大だった。
日本(NHK)と英国(BBC)のサッカー初放送

日本で最初にテレビ中継されたサッカー試合は1953年11月14日神宮外苑競技場における中央大対早稲田大で、ラジオ同様NHKが放映した。

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出場メンバー

   中大   早大
GK 小林   中島
FB 松尾   長井
   三村   加計
HB 茅島   小田島
   李    岡
   中村   胡
FW 吉原   平林
   芳賀   吉田
   日比野  塩沢
   長沼   宮崎
   内山   西本

中央大 4-0(3-0 1-0) 早稲田大

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日本で最初にテレビ中継されたサッカー試合には長沼健が出場していた。ポジションどおりの背番号をつけていたとすれば、10番だったはずである。

最初のラジオ中継、テレビ中継試合がいずれも大学サッカーだったのは、サッカーがカレッジ・スポーツであったことの証左となろう。なお、比較的近年に刊行された中大と東大の部史には最初のラジオ放送、テレビ放映に自校が出場していたという記述はなかった。

初の民放テレビ局日本テレビが開局するのは1953年8月28日であるが、翌日の1953年8月29日に巨人・阪神戦を初中継している。巨人の先発は大友、阪神は梶岡、巨人の4番は川上、阪神は藤村。6-2で巨人の勝ち。『朝日新聞』1953年8月30日付の試合評には、

“この日のコンディションは全くの不良で、たとえ日程がつまっておりまたテレビの初放送があったとしても巨人阪神のような伝統の好カードをこのような日に強行することは反省してよいのではないか。”

と記されている。

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