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野球統制令における小学生の対外試合

先日のサッカー史研究会は清水市のサッカー、特に小学生サッカー史がとりあげられた。堀田哲爾氏が清水市の小学校に赴任された当時、小学生の対外試合は禁止されていたそうだが、いつ、なぜ禁止されたのかについては言及されなかった。

小学生の対外試合に関する文部省訓令は戦前に2件あって、いずれも『官報』に掲載されておるので、原文アクセス可能である。

1. 1926(大正15)年「體育運動ノ振興ニ關スル件​」(文部省訓令第3号)
2. 1932(昭和7)年「野球ノ統制竝施行ニ關スル件」(文部省訓令第4号) 

「體育運動ノ振興ニ關スル件」においては、初等、中等、高等教育を区別していないし、対外試合に関する具体的禁止事項もない。

6年後の野球統制令「野球ノ統制竝施行ニ關スル件」では、競技を野球に限定、初等・中等・高等教育を区別して、各レベルにおける禁止事項が規定されている。小学生の対外試合に関する規定は、

“一 小学校ノ野球ニ関スル事項

一 小学校ニ於ケル野球ハ之ヲ校内児童ノ間ニ行ハシムルヲ旨トシ対外試合ニ熱中スルガ如キ弊ニ陥ラシメザルコト

ニ 児童ヲ対外試合ニ参加セシムル必要アル場合ハ左記ニ準拠スベキコト

 (一) 対外試合ノ開催ハ左記ニ依ルコト

  イ 同一府県内ニ存スルニ校間ノ試合ハ関係学校長ノ協定ノ下ニ開催セラルルモノタルコト

  ロ 同一府県内ニ存スル三校以上ノ学校ガ参加スル試合ハ参加学校長ノ承認アル場合ニ限リ左記ニヨリ開催セラルルモノタルコト

   1 参加学校ガ同一郡、市、区、町、村内ニ存スル場合ハ夫々当該郡、市、区、町、村ノ体育団体ニ於テ主催スルコト

   2 参加学校ガ前記ノ範囲ヲ超エ且ツ同一府県内ニ存スル場合ハ府県体育団体ニ於テ主催又ハ関係郡市ノ体育団体ノ共同主催ノ下ニ当該府県体育団体ノ公認ヲ受ケテ開催スルコト

  ハ 参加学校ガ府県ヲ異ニスル試合ハ参加学校長ノ承認アル場合ニ限リ関係府県体育団体ノ協定ニヨリ開催地ノ府県体育団体主催ノ下ニ開催セラルルモノタルコト

 (ニ) 試合参加ノ為児童ヲシテ宿泊セシメザルコト

 (三) 試合ハ総テ之ヲ学業ニ支障ナキトキニ行フベキモ対外試合ハ土曜日ノ午後又ハ休業日ニ限リ行ハルルコト

 (四) 対外試合ニ出場スル児童ハ尋常小学校第五学年以上ノ児童ニシテ父兄ノ承認並学校医ノ健康証明アル者ニ就キ学校長之ヲ選定スルコト

 (五) 児童ヲシテ「クラブチーム」ノ試合ニ参加セシメザルコト

 (六) 対外試合ニ於テ同一児童ガ一日ニ行フ試合回数ハ一回ヲ原則トシ止ムヲ得ザル場合ハ二回行フモ妨ゲザルコト

 (七) 試合ニ要スル経費ハ当該試合ノ主催者ニ於テ負担スルコト

 (八) 試合ノ主催者ハ入場料又ハ参加料ヲ徴収シ若ハ営利宣伝等ニ利用セラルル処アル寄贈品、寄付金ヲ収受セザルコト

 (九) 対外試合ニ於テハ応援団ヲ組織セザルコト

 (十) 試合ノ主催者ハ一切使用球ヲ指定セザルコト

三 野球ノ指導ハ当該学校職員主トシテ之ニ当リ特ニ指導者ヲ招聘セザルコト

四 野球ニ関シ特ニ後援会等ヲ組織シ又ハ其ノ支援ヲ受ケザルコト”

「一」は原則で、「校内児童ノ間ニ行ハシムルヲ旨トシ」と原則として対外試合は行わないとしている。小学校においてすら「対外試合ニ熱中スルガ如キ弊」があったようだ。

「ニ(一)」:仮に対外試合を行う場合でも学校長の承認、各地域の公認体育団体の主催を定めている。これは新聞社や野球用具メーカー(特に軟式球)主催の野球大会を排除しようとするものである。

「ニ(ニ)」:遠距離宿泊遠征の禁止。実際にあったから禁止事項となったのであろう。

「ニ(三)」:平日開催の禁止。小学生大会を平日に行った例もあったようだ。

「ニ(四)」:学齢制限。5年生以上に限定。4年生以下が出場した大会があったようだ。

「ニ(五)」:「クラブチーム」への出場禁止。野球ではすでに戦前に学校の枠を超えた小学生のクラブチームがあったらしい。

「ニ(六)」:ダブル・ヘッダー、トリプル・ヘッダーへの出場禁止。ダブル・ヘッダーまでは見逃してもらえた。

「ニ(七)」:父兄負担もあったことを示唆している。

「ニ(八)」:小学生大会で入場料・参加料を徴収していたこと、新聞社や野球用具メーカーの商業主義的利用があったことを示している。

「ニ(九)」:小学生大会に応援団があったらしい。

「ニ(十)」:使用球指定の禁止。小学校に関する野球統制令の「本命」は野球用具(軟式球)メーカー主催大会の禁止であったことを示している。使用球指定ができなければ、野球用具メーカーが野球大会を開催するメリットはなくなる。

「三」:教員以外の人物の関与禁止。

「四」:小学生の野球にも後援会があったらしい。

背景には、1930年代前半における小学生レベルでの野球の過熱とその商業主義的利用があった。問題は野球の過熱に対して訓令された野球統制令が、さほど過熱もしていないし商業化もしていない他の競技、例えばサッカーにまで準用され、野球統制令が廃止された1947年以後にもその影響が残ってしまったことにあるといえよう。


【関連リンク】

1931年の日米野球と野球統制令 新聞社戦争としての野球統制令
中等学校に関する野球統制令 新聞社戦争としての野球統制令

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