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1927年の日本代表初勝利とチョウ・ディン

1927年上海で開催された第7回極東選手権の対フィリピン戦で日本代表は代表戦初勝利する。代表TIMELINEによる先発イレブンは以下の通り。

西川潤之(高師附中→法大)
鈴木重義 (Cap.) (高師附中→早大OB(早高))
近藤台五郎(高師附中→水戸高)
高師康 (早高3)
本田長康(高師附中→早高2)
有馬暎夫 (早大OB(早高))
朝倉保 (早大3(早高))
竹腰重丸(山口高→東京帝大)
春山泰雄 (高師附中→水戸高)
玉井操(早大3(早高))
高橋茂 (早大1)

竹内至「チョー・ディンさん」『附属中学サッカーのあゆみ』(東京高等師範学校附属中学蹴球部六十周年誌編纂委員会 1984) p.22 によれば、1921年から1921年第5回極東選手権日本代表チームであった全関東蹴球団(東京高師、東京蹴球団+野津謙)と高師附中を指導し始めたのが、ディンの日本におけるサッカー指導の最初であったようだ。1921年夏には水戸高も指導している。

ディンは早高(早稲田高等学院、早大の予科課程)の監督として第1回(1923年)、第2回(1924年)の全国高等学校蹴球大会を連覇している。『東京朝日新聞』によるそれぞれの決勝出場イレブンは以下のとおり。

第1回(1923年)
LW 郭
LI 有馬
CF 尹
RI 鈴木
RW 山本
LH 金子
CH 蔡 
RH 玉井
LB 芝本
RB 山田
GK 伊藤

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『東京朝日新聞』1923年1月6日付

第2回(1924年)
LW 朝倉
LI 宍戸
CF 尹
RI 玉井
RW 荒木
LH 板谷
CH 有馬 
RH 金子
LB 芝本
RB 山田
GK 平岩

Cimg9722

『東京朝日新聞』1923年1月6日付

また、竹腰は自著『サッカー』(旺文社,1956)で“大正十一年(一九二二年)の秋、山口高等学校で筆者もはじめて同氏の指導を受けた”と述べている。

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日本代表初勝利のイレブンのうち、実に9名が東京高師附中、早高、山口高校でディンの直接指導を受けた、いわゆる「直弟子」だった。残る2名も早高、早大の選手なので、ディンの直弟子、鈴木重義の指導を受けた「孫弟子」にあたる。

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