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1918年2月17日に開催された新愛知新聞主催蹴球大会に関する新聞記事

『新愛知』1918年2月16日付

“●勇敢な蹴球競技
     新らしき運動界の機運
         来る十七日本社大会開かる

雨の為め十日の競技を阻まれた本社運動部主催ア式フットボール大会は来る十七日(日曜)の晴天を期して名古屋市鶴舞公園グラウンドに開催する。

 最近運動界に於ける興味の中心は野球から蹴球へ著しく転換せんとし本月九日から三日間東京高師運動場に開催された関東蹴球大会とそれより少し前に開催された大阪豊中グラウンドに開かれた全国蹴球大会は此機運を作り出すに直接興って力あるものであったが、名古屋市を中心とした中京の地に於ても敢て東西両京に比して甚だしく遜色なき

 歴史と実力を有する八高、明倫、第一師範の三校とそれ等の三校に較べて比較的後進の位置にある津島の三中学の四校があって新しき機運に乗ぜんとする際此等四校を糾合して一大争覇戦を行はしむることは蓋し運動界に於ける意義ある一快挙たるを失はない。言ふまでも無く蹴球は冬季を以て季節とする

 最も男性的の競技である、ウエリントン将軍がワーテルローに大奈翁を破った勝利の結果はイートンに於ける蹴球競技の孕んだものだといふ言葉は史上に有名の言葉だが、蹴球はその言葉が説明するまでもなく勇敢、剛毅、大胆其他さまざまの言葉を以て表される多くの男性的競技の粋であり精華である。「殪れるまで戦ふ」とは此遊戯の標語で

 傷きたる勇敢なる選手の血にグラウンドの色彩られる事は左迄珍らしくもない。英国では此遊戯を呼ぶに国民的遊戯を以てして居る。英国の紳士はみな蹴球によって鍛へられると謂はれて居る。今迄日本では殊に名古屋市では全く一部の学生にのみ限局されて殆んどすべては此遊戯に一顧だも与へなかったが

 来る十七日鶴舞公園に於る晴れの競技が機縁となって社会の蹴球に対する興味が鬱勃として起これば幸である。此処へ入れた写真は明治四十四年六月二十四日明倫中学校に蹴球部の創設された当時の撮影にかかるもので、その当時同校では是を蹴球班といった。右肩の外人は当時同校の蹴球班を指導してゐた

 ハート氏で氏は嘗てオックスフォードの蹴球倶楽部の一プレーヤーとしてその健闘振りは学生間に有名であった人である。氏は当時第八高等学校に教鞭を執り其余暇同校に蹴球部を創設し両校懸持で熱心コーチしてゐた。名古屋蹴球界に於る最も貴重な写真の一つである。” 

注:「此処へ入れた写真」とあるが、2月16日付紙面のどこにも該当写真は見当たらない。
『第八高等学校一覧. 第1・2年度』p.108に英語教師「ピー、ジェー、ウイルデンハート」が記載されている。

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『新愛知』1918年2月18日付

Cimg9859

“◆春光に映る蹴球大会
    =鶴舞公園に於ける
        =本社運動部の催し

十七日の名古屋市鶴舞公園グラウンドには小春の光が豊かに満ち亘って絶好の運動日和がひらけた。本社運動部主催のア式蹴球競技大会は斯くて祝福された。競技場の整備を了って午前十時十分大会の幕はレフェリー菅野氏の鉄笛の声に拠って開かれた。第一師範は南方に明倫中学は北方に陣取って戦は師範の先蹴に始めから白熱点に達した。

 ▼明倫対一師

 午前十時十分菅野氏のレフェリーにて南方に陣せる明倫のキックオフにて開始、ハーフタイム前は両軍一進一退零対零に終りしがハーフタイム後五分ならずして明倫の主将内田のキック美事にゴールに入り終始師範方の陣地に圧迫し後五分にして内田再びゴールを得紅村のキック又入り師範方のハンドありて下出のペナルティキック美事ゴールに入り閉戦前十二分師範の困憊の色あるに乗じて長谷川のキック入りタイムアップ前一瞬内田のキックありて六対零にて明倫中学の勝利となる。

(師範)    (明倫)
伊奈  G   坂倉
熊澤  RF  黒田
渡邊  LF  森
櫻井  RH  近藤
榊原  CH  下出
小澤  LH  櫻井
織田  ORF 内田 弟)
岡本  IRF 内田 兄)
稲葉  CF  三村
栗本  ILF 紅村
内藤  ORF 長谷川

明倫 ゴール六、ゴールキック三、コーナーキック四、フリーキック一、ペナルティキック一、投入廿六
師範 ゴール零、ゴールキック十二、投入廿三

八高対三中

 斯界に名声ある八高に対して新進の三中其実力に於て差異あり、午前十一時二十分松田氏のレフェリーにて開始さるるや最初より三中方のゴール前にて揉み合ひ開戦後三分と七分にしてコーナーキックゴールとなり十五分にしてペランルティゴールを得ハーフタイム前四点を得て悠然と戦ふ、ハーフタイム後は三中苦戦を続けしも八高も得点なくして四対零にて八高の勝利となる、三中は常にゴール線前に苦戦し段違ひの感ありしは是非もなし。

(三中)     (八高)
伊藤  G   竹内
久米  RF  高柳
小串  LF  大野
松永  RH  須永
村瀬  CH  畑中
森   LH  村瀬
堀田  ORF 諏訪
濱田  IRF 白石
飯田  CF  中川
浅田  ILF 片岡
服部  OLF 北島

八高 ゴール四、ゴールキック零、コーナーキック十四、フリーキック一、ペナルティキック一、投入十六
三中 ゴール零、ゴールキック廿三、コーナーキック一、投入十六

八高対一師

八高対第一師範は午後一時菅野氏のレフェリーにて開始、八高は前戦の疲労もなく、師範のキックオフにて開始さるるや師範の必死にして粘り強き攻撃も得意の強襲にて自己の陣地に入らしめず開戦後二十分にして八高はゴール前の混戦より一点を得てハーフタイムとなり、後半戦に入り約五分にして双方フリーキックを得、八高はゴールを得んとせしも師範キーパーの攻(ママ)守ありて入らず、二十二分馮よりのパスを北島受けてゴールし更に一点を加へて四対零八高の勝利となる。

(師範)    (八高)
伊奈  G  竹内
猪飼  RF  高柳
渡邊  LF  大野
馬場  RH  諏訪
榊原  CH  畑中
小澤  LH  村瀬
織田  ORF 石氏
関本  IRF 中川
稲葉  CF 馮
大野  ILF 大
内藤  OLF 北島

八高 ゴール四、ゴールキック一、コーナーキック四、フリーキック一、投入廿四
師範 ゴール零、ゴールキック廿五、フリーキック一、投入廿一”        

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『新愛知』1918年2月19日付

“◆春光に映る蹴球大会
     =鶴舞公園に於ける
         =本社運動部の催し

=昨報の続き=

明倫対三中

 松田氏のレフェリーにて午後二時十分開始、三中に対して明倫は一日の長あり楽に戦ひ、明倫の先蹴にて開戦後三分にして三村のパッスに一点、更に二分にして松尾ゴールを得二十分にして紅村のコーナーキックを長谷川美事にヘッデングしてゴールとなり二十七分にペナルティキックを得て内田一点を得、明倫四点を得てハーフタイムとなる、ハーフタイム後も明倫自由に戦ひ五分にして内田のキック入り十五分にしてドリブルを受けし長谷川のキック後五分にして内田巧みにキックして計七点を得七対零にして明倫二勝す。

(三中)     (明倫)
伊藤  G   坂倉
久米  RF  森
小串  LF  飯田
山田  RH  櫻井
村瀬  CH  下出
森   LH  黒田
堀田  ORF 紅村
濱田  IRF 長谷川
飯田  CF  松尾
織田  ILF 近藤
服部  OLF 内田

明倫 ゴール七、ゴールキック零、コーナーキック四、フリーキック二、ペナルティキック一、投入廿九
三中 ゴール零、ゴールキック三十一、フリーキック一、投入十三

一師対三中 

 二敗者同志なる第一師範対愛知三中は師範のキックオフ、菅野氏のレフェリーにて午後三時廿八分開始、技量に於て両軍殆ど相等しき、師範方聊か優勢を示しハーフタイム後の如きは師範方は全く三中の陣地にありて揉み合ひ屡々好機ありしもキック弱くして常にゴールとならず零対零の大接戦を見せしもコーナーキックを算する事師範に十一個ありて三中には一個もなし、兎に角師範の優勝を語るものなり。

(三中)     (師範)
伊藤  G   伊奈
久米  RF   猪飼
小串  LF   渡邊
山田  RH   前田
村瀬  CH  榊原
森   LH  小澤
堀田  ORF 内藤
濱田  IRF 栗本
飯田  CF  稲葉
織田  ILF 櫻井
服部  OLF 大野

師範 ゴール零、ゴールキック五、コーナーキック十一、フリーキック二、投入廿九
三中 ゴール零、ゴールキック廿四、フリーキック二、投入廿一

八高対明倫   

 午後四時四十分松田氏のレフェリーにて明倫対八高の試合に移る。共に二勝者にして優勝戦のことなれば其戦ひ振自ら他と異なるものあり、明倫のキックオフに始まるや八高方の陣に攻入り三分にしてコーナーキックを得たるも八高直に盛返して一上一下巧みなるパッス、ヘッディングさては獰猛なるタックルと○○○○めし明倫は巧みに戦ひ、中にも下出の奮闘と内田兄弟のドリブル等目覚ましきものあり互に優劣なくして前半を終る。休憩五分にして互に陣地を交換し、南方に陣せし八高は右側を攻めて明倫の○に乗じブラインドサイドに馮キックすれば見事ゴールとなりて観衆の大喝采裡に意気大に揚り明倫の攻勢熾んなるに乗じて再び右側より攻め入り馮のキック見事に極り廿分にして諏訪のキック又ゴールとなる明倫は健闘せしも体力の差如何ともなす能はず午後五時四十五分タイムアップとなり三対零にて八高の勝利となりたるは最後を飾るに足る大激戦なりき、試合終って商品授与の式あり茲に大会を終了したり。

(明倫)     (八高)
坂倉  G   竹内
森   RF  高柳
櫻井  LF  大野
近藤  RH  須永
下出  CH  畑中
長谷川 LH  村瀬
松尾  ORF 白石
内田(兄) IRF 諏訪
三村  CF  中川
内田(弟) ILF 片岡
紅村  OLF 馮

八高 ゴール三、ゴールキック八、コーナーキック三、投入廿一
明倫 ゴール零、ゴールキック十三、コーナーキック一、フリーキック一、投入丗二

八高優勝す 

 大会の幕は午後五時四十五分八高の優勝を以て成功の裡に閉ぢられた。全体の成績を記せば左の如くである。

八高
四ー〇 三中 
四ー〇 師範
三ー〇 明倫

明倫
六ー〇 師範
七ー〇 三中
〇ー三 八高

師範
〇ー六 師範(ママ) 明倫の誤植
〇ー四 八高
〇ー〇 三中

三中
〇ー四 八高
〇ー七 明倫
〇ー〇 師範

 大会を閉づるにあたり本社は深く審判の労を執られたる諸氏並に会場設備に応接されたる明倫中学生徒諸君に対し深く感謝の意を表す。”

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