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田中澄江「サッカーと私」『中央公論』82巻7号通号957号 1967年6月号 pp.307-308

なでしこの活躍いらい、日本における女子サッカーの歴史にも関心が集まっているが、興味深い文献があったので紹介したい。著者の田中澄江(1908-2000)は成瀬巳喜男監督『流れる』、『めし』などで知られる女性脚本家。1908年生まれなので、通学した豊島師範附属小学校でサッカーをしたのは1910年代後半になる。豊島師範にサッカーを伝えたのは1909年に東京高師を卒業し同校に赴任した内野台嶺。後藤健生氏の『日本サッカー史 資料編』によれば、1902年生の鈴木重義(早稲田サッカーの始祖、1936年ベルリン・オリンピック代表監督)も豊島師範附属小学校でサッカーを始めたとのこと。田中澄江は鈴木の6年後輩になる。Wikipediaによれば、川島芳子は小学校の同級生。「東洋のマタ・ハリ」も元祖なでしこの1人なのかも・・・


サッカーと私

       田中澄江
          (劇作家)

 もう大分前のこと、京都へゆく汽車の食堂で、えんじのスエーターを着た青年をとりまいて、署名を求めている乗客たちを見た。青年の隣には妙齢の女人などもいて、ボーイに聞くと、国鉄の金田だという。とたんにわたくしは、国鉄も派手ねえと連れにむかって言ったものだ。その時、国鉄の年末ストライキが終ったばかりで、多分闘争委員長なのだろう、ストライキがうまくいったので、ああして勤労少年、少女らしい乗客が、サインしてもらっているのだろうと思ったのである。

 野球は嫌いだ。娘時代にたった一度、早慶戦なるものにつれいかれてこりごりした。万余の観衆の前で、一つかみの人間が、小さい小さいボールを棒にぶつけたり、走ったりころんだりしている。気長な陣取りごっこのようで、何ともしん気くさい眺めだった。野球にくらべれば、ホッケーもラグビーも動きが鮮かでおもしろいが、怪我でもしたらと心配がつきまとう。豪壮で広大で、かつ技の繊細なるを積み重ねて得点に至り、ゴールキーパー以外に手をつかわぬという制約が、その戦法に優雅な武士のたしなみを匂わせて、観る者の心を魅了するのは、サッカーに如くはないと思っている。

 大昔、わたくしはサッカーの選手だった。と言っても女の子の体操の時間に、先生にねだって、男の子のすなるものを、女の子にもさせてたべとたのんだのである。

 アソシエーション・フットボールと言った。ふだんは蹴球と呼びならわし、体操の時間に、先生が大きなボールをかかえて来て、屋内体操場のデッドボールの線の中に押しこめようとすると、「せんせえ、外へいってしゅうきゅうをさせて下さあい」と叫んだ。

 蹴球はよい。背が高いからたいていゴールキーパーにされる。何しろ、広い運動場のはじからはじまで見わたしてプレーできるのがよかった。ゴールを背にして立った時、まさに天下二分の戦いの野に臨む気持ちで胸がはずんだ。はるかなるセンターラインをめぐって戦いの火ぶたがきられると、球は転々東へ西へ。追うひと追われるひと、ころぶひと、走るひと、女の子だからそれにきゃあきゃあの声がかぶさって、勝っても負けても見ているだけで賑やかな眺めがおもしろいのである。しっかりとかがんばれとか叫んだりとんだりしているうちに、戦域はあわただしくゴールの前にせまる。わがジャンプの腕を見よとばかり、身構えして待つ間もなく、相手のシュートきまって、ボールはみごとにゴールイン。わたくしはがっくりと尻餅。それでも悔はないのである。

 試合開始とともに全員の動きのままに、自分も動いている。攻め手になり、守り手になればその動きはさらに活発で、ボールとともに広い運動場のすみからすみまで走りまわる。この運動場の大きさが、勝敗を越えて快感だけを残すのであろう。

 わたくしのいっていたのは、豊島師範の附属小学校で、本校は青山師範、高等師範と並んで、東京の蹴球界の花形であった。

 この一年、NHKで、青少年向けの「風のある街」というテレビドラマを書いた時、わたくしは舞台が蹴球のさかんだった神戸なので、女の中学生のチームづくりをその筋の発展にしたいと思った。新任の女教師にヘッディングをやらせたり、勉強のできない子をシュートの名人にして、学業にも自信持たせたりと、いろいろ考えたが、スタジオドラマで、とても練習場面ができないとのことで、二、三回してやめてしまったら、神戸女学院に本当の女の子のチームができたという。もう少し書きつづければよかったと残念だった。

 オリンピックで日本チームが活躍した時はうれしかった。新聞の運動欄は野球など見たこともないが、サッカーだけは、ていねいに読む。

 テレビの前で、森だの杉山だの釜本だのと、知ったかぶりを連発すると、家のものが、にやにやする。日頃は運動など、自分でやるもので、ひとのやるのを見てのぼせているものの気が知れないと言い通しなのである。でもサッカーだけは見ていることが自分の運動にもなるという説を持っている。

 なお、もとの高師、いまの教育大付属を出たお嬢さんに聞いたら、やっぱりここでも体操の時間に、女の子たちが好んでサッカーをやったそうだ。”

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