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1985年、契約選手公然化へ動き出す

『朝日新聞』1985年6月25日付

アマスポーツは今 ②

プロ化
実力次第の「契約」ふえる

 今月十一日、日本サッカー界の第一線に立つ日本リーグ関係者十余名が「選手問題研究会」をスタートさせた。狙いは、ずばり「契約選手」公然化のための移籍や諸規定の基盤づくり。いわば日本サッカー史上初の“プロ研究会”の発足である。

 日本リーグの勢力図はこの二年余りでガラリと変わった。かつての名門で“丸の内ご三家”と呼ばれた日立製作所、三菱重工、古河電工をはじめとする「終身雇用制・素材産業型のチームが地盤沈下したのに対し、リーグ二連覇、天皇杯を制した読売ク、二年連続リーグ二位の日産自動車、わずか一年で二部リーグを突破した全日空横浜のような「PR重視・他州消費型」企業をバックにしたチームが急上昇した。

 勝てばボーナスも

 これらのチームは大半が契約選手、つまり会社の仕事は全くせず、サッカー専業の非常勤嘱託社員から成る。元西ドイツ・プロサッカーの監督だった読売のグーテンドルフ監督は「日本型の終身雇用制度はビジネスの世界では西欧が学ばねばならない優秀なシステム。だが、国際サッカー界で勝つためには決して役に立たない」ときっぱり。

 日産は今春から契約選手の大量採用に踏み切った。同じレギュラー選手でも正社員だと十五、六万円の月給が、契約選手だと一挙に五十万円から七十万円。その上、契約選手は公式戦で勝てば一試合につき十万円、引き分けても五万円のボーナスが出る。一年ごとに契約を更新するが、選手生活ができなくなれば当然のことながら、はい、サヨウナラ。

 ご三家は悩み深し

 もちろん、年収約一千万円前後の契約選手は与那城、戸塚(読売)、木村(日産)らほんのひとにぎり。読売から全日空横浜へ移った大淵竜介選手(二八)は二年前、読売を去る時は退職金なし、ビデオデッキ一台をもらっただけ。「やめるときのクラブは冷たい。でも、ボクはサッカー好きだし、企業で不向きな仕事を一生続けるよりも」という。

 「サッカーはやりたいが会社人間はごめん」の傾向は“ご三家”にとっても悩み。リーグ四位と頑張る古河電工の清雲監督(三四)は「ウチの永井(元日本代表、三十三歳)なんか、高校生時代に古河の選手から古いサッカー靴をもらっただけで感激してチームにきた。ところが、いまの若い連中ときたら・・・・・」。昭和九年創部の名門。午前中は完全に仕事。休日の試合はその時間だけ休日出勤手当がつく。新人は月給で税込み約十二、三万円、十年社員が二十四、五万円では「スカウトにいっても、金のことを尋ねられるとギブアップ」とか。

 疑問多いクラブ制

 だが、日本のスポーツ土壌の中で、クラブや契約選手制度が多くの選手の生活に有利かどうか疑問も多い。西独留学後、一時、読売のコーチも務めた宇野勝・東海大監督は「華やかに見える欧州だって下の方には食えないプロがゴロゴロしている。ある程度学問がある日本の選手は企業人としても働けて素晴らしい、という評価も忘れてはいけない。それに、汚いプレーをしてでも勝てばいい、との雰囲気になりやすいクラブには教育的に問題が多い」と指摘する。

 それでも、サッカーのプロ化への動きは加速的に進むだろう。それが読売をはじめ、各親企業の戦略であり、選手たちも望んでいるからだ。日本代表の加藤久主将(読売=早大講師)はいう。「どんなスポーツも年齢や学歴は関係がない実力の世界。自信のある選手はプロの道を選べばいいし、そうでなければアマにとどまればいい。すべて本人の責任でやること。ただ、そのためにはプロが出来なければ・・・」”

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