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代表の活躍で日本リーグの観客急増

『朝日新聞』1985年10月9日付

サッカー日本リーグ 雨ニモ負ケズ観客倍増

W杯予選での健闘が好影響

各チームもきめ細かい動員作戦

 日本サッカーリーグの観客が倍増している。日本サッカーリーグ運営委員会が八日まとめたところによると、六日の五節、三十試合を消化したところで観客は十三万九千五百人。前年同期の六万九千六百人に比べ二倍強。試合の集中した日曜日が四週続けて雨となったのに、なぜ、と同運営委事務局は首をかしげている。

 サッカー人気は、一九六八年のメキシコ・オリンピックで日本が銅メダルを獲得したころの「釜本、杉山時代」が最高だった。杉山・三菱-釜本・ヤンマー戦で四万人が一回、三万五千人二回と、プロ野球のパ・リーグも顔負けというほどだった。今回、そこまではいかないが、東京・国立競技場での読売クラブ-全日空横浜クラブに二万八千人、日立製作所-読売戦も二万二千人の観客が詰めかけ、秋田市での日産自動車-ヤンマーディーゼルと大分市でのヤンマー-日立の地方試合にも一万二千人が集まる盛況だった。

 この異変はどうして起こったのだろうか。加盟チームのきめ細かい観客動員作戦と、ワールドカップ予選で健闘している日本代表チームの影響らしい。関東甲信越と静岡のホンダ、ヤマハのオートバイ屋さんの店頭、日立製作所の各営業所、事業所には、それぞれのチームの日程が入ったポスターが掲載されている。本田技研が本拠を置く浜松市内の路線バスにも本田のポスターがあるほどだ。グラウンドに足を運んだファンにチーム名入りのTシャツを抽選で配るのもうけている。日産が本もののサッカーボールをスタンドに投げ込むことも子供たちの人気の的。

 昨年八位と不振だった日本鋼管、若手をそろえた本田が力をつけ、激しい首位戦線に首を突っ込んでいる、リーグそのものの面白さももちろんある。「観客が倍増したのはだんごレースへの興味と、各チームの観客動員への営業努力。しかし、何といってもワールドカップの最終関門までたどりついた日本代表チームの影響が大きい。サッカーでも見にいこうか、という気にさせるもの。日本代表が強いというのはいいことです」と運営委員会の木之本事務局長はにっこり。”

『朝日新聞』一九八六年12月26日付

86年の明暗 9

プロ容認のサッカー

華麗さ求めて観客が大幅増
闘争心不足、期待にこたえず

 今年、サッカー界の大きな出来事といえば、海外では「熱狂のW杯メキシコ大会」、そして国内では「プロ」「ノンアマ」を解禁して船出した、日本サッカーリーグだろう。

 プロとノンアマ、つまりサッカー専業選手が生まれて、何が一番、どう変わったか。木之本興三・日本サッカーリーグ事務局長は「そりゃあ、何てたって観客が大幅にアップしたことです」という。十二チームの各六回戦が終わったところで、日本リーグの観客は十九万七千人。一試合平均五千五百人(昨年は三千六百人)。これはサッカーの本場南米ブラジル・サンパウロのプロリーグと肩を並べる一試合平均の観客動員数、といったら驚く人が多いだろう。

 どうして観客がふえたのだろうか。西独プロ帰りの奥寺(古河)、フリーキックの名手木村和(日産)を含む“プロ軍団”の華麗なプレーを求めて、ファンがグラウンドへ詰めかけた結果である。では“プロ軍団”は、そうしたファンの期待にこたえただろうか。答えは「ノー」である。

 まずプロ軍団のプレーは闘争心不足。ファンの心をつかむ荒々しさ、「さすがプロ」と納得させるような華麗なプレーが極端に少ないのだ。リーグの宣伝ポスターで「サラリーマンサッカーは終わった」と宣言しておきながら、フィールドの中では「アマチュア時代」とほとんど変化がなかった。

日本サッカー狂会の常任幹事で「サッカージャーナル」誌の編集長をしている後藤健生さんは「試合の中身はこれまでと少しも変わっていない」と前置きして「どうしたら、ファンにアピールするか、監督も含めて真剣に考えるときだ。そりゃプロの妙技が売り物になれば一番だ。でもそれ以外でも何かある。W杯でメキシコのウーゴ・サンチェスがゴールを奪うたびにトンボ返りをやり、観客にやんやの喝采(かっさい)を受けたでしょう。何でもいいから、とにかくファンの心をつかむことです」。

 プロ、ノンアマ解禁になって、選手の引き抜きが潜行しだした。アマで一緒に入部した高卒がレギュラー、大卒が控えでも給料は大卒が上。サッカーの優秀な高卒選手は、日本の学歴社会の中で矛盾を感じながらプレーしている。そこが「付け目」とばかり、こっそり声がかかる。例えば、月給二十万円の高卒選手が「年棒千二百万円払うから、ノンアマ選手として来ないか」と誘われたらどうだろうか。

 すでに水面下の引き抜き合戦の情報しきりだ。ある大物DFが、別のチームから破格の条件で誘われた。すったもんだの末、もとのもくあみに。全員アマチームのある高卒選手が、他のチームから引っぱられた。高卒選手に辞表を出されたチームは大あわて。日本リーグ運営委員会に「一年(移籍後一年間はプレー出来ないという規程)を三年に延長してくれ」と泣きついたという、笑えぬ話もある。

 今後、こうした場外の戦いはさらにエスカレートしそう。そのとき、日本協会とリーグ運営員会はどう対処するのだろうか。木之本事務局長はすでに研究を始めた。早急に規定を明文化して混乱防止にあたる」というのだが。
     (瀬下)”

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