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『野球界』v.9 1919~v.20 1930収載サッカー記事索引

「御影師範大会」 v.9 no.3 1919.2 p.85

竹內廣三郞 ​「アツソシエーシヨン蹴球に就いて」 v.9 no.12 1919.10 p.27-29

ウィリアム・フェーゲン「ア式蹴球講話(三)」 v.12 no.1 1922.1 p.43-44

新田純興(帝国大学蹴球部選手)「蹴球片語」 v.12 no.3 1922.2 p.58-60

峰岸春雄(東京タイガース)「日本蹴球界総まくり(一)」 v.12 .no.3 1922.2 p.113-114, 116

城戸生(御影師範学校)「関西蹴球界のために」 v.12 .no.3 1922.2 p.115-116

峰岸春雄(東京タイガース)「日本蹴球界総まくり(二)」 v.12 .no.4 1922.3 p.32-33

新田純興(帝大蹴球部)「一九二一年国際ア式蹴球戦」 v.12 no.4 1922.3 p.68

名古屋支局「全国蹴球大会記」 v.12 no.4 1922.3 p.80

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球講話(四)」 v12 o.5 1922.4 p.60-61

原島好文(東京蹴球団幹事)「関東蹴球大会記」 v12 o.5 1922.4 p.108-116

新田純興(帝国大学蹴球部選手)「フェーゲン君に答を求む」 v.12 no.6 1922.5 p.36-37

井染道夫(東京蹴球団幹事)「蹴球界に寄す(一)」 v12 no.8 1922.6 p.8-10

井染道夫「本年度最初の蹴球国際試合」 v12 no.8 1922.6 p.114-115

井染生(東京蹴球団幹事)「東海蹴球大会」 v12 no.8 1922.6 p.116-117

井染道夫(大日本東京蹴球団幹事)「蹴球界に寄す(二)」 v12 no.9 1922.7 p.18-20

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球講話(五)」 v12 no.9 1922.7 p. 72-73

「慶應ア式蹴球部の活躍」 v12 no.9 1922.7 p.20

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「新田君の質問に就て」 v.12 no..11 1922.8 p.52-53

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「蹴球協会と台覧試合」 v.12 no..11 1922.8 p.132-133

井染道夫(大日本東京蹴球団幹事)「蹴球界に寄す(三)」 v12 no.12 1922.9 p.11-12

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球家と暑中休暇中の心得」 v12 no.12 1922.9 p.13

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球銀盃戦関東予選に就て」 v12 no.15 1922.12 p.95

好文生「東京蹴球団合宿練習の記」 v12 no.15 1922.12 p.144-145

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球銀盃戦関東予選に就て(二)」 v13 no.3 1923.2 p.10-11

井染道夫「蹴球選手の御幣かつぎ」 v13 no.3 1923.2 p.27

「小学ア式蹴球争覇戦」 v13 no.3 1923.2 p.57

寂庵生「第二回全国蹴球選手権大会を終へて」 v13 no.3 1923.2 p.119 

TK生「蹴球争覇戦余談」 v13 no.3 1923.2 p.120-121

井染道夫「全国高等学校蹴球大会記」 v13 no.3 1923.2 p.152-153

石田鉄一郎(名古屋蹴球団員)「電球に和す蹴球戦」 v.13 no.4 1923.3 p.100-101, 114

T.K.生「チャレンヂ戦記」 v.13 no.4 1923.3 p.102-103

寂庵生「蹴球チャレンヂを視る」 v.13 no.4 1923.3 p.103

井染道夫「東京蹴球団主催第六回関東蹴球大会記」 v13 no.5 1923.4 p.117-124

井染道夫「ア式蹴球リーグ戦に就いて」 v13 no.5 1923.4 p.124

K・I生「中学ア式蹴球界」 v.13 no.6 1923.5 p.48 

ウィリアム・フェーゲン(東京タイガース)「ア式蹴球講話」 v.13 no.10 1923.8 p.48-51

井染道夫「アソシエーションフットボールの見方(一)」 v13 no.14 1923.11 p.44-46

井染道夫「ア式蹴球講話(三)」 v.14 no.3 1924.2 p.46-49

「東京蹴球団主催ウィリアム・ヘーク氏追悼蹴球大会」 v.14 no.3 1924.2 p.151-152

井染生「第一回全国インターカレヂエート大学専門高等学校ア式蹴球大会」 v.14 no.3 1924.2 p.152-153

K生「ア式蹴球関西予選を見て」 v.14 no.4 1924.3 p.70-71

K生「全日本ア式蹴球選手権大会各代表チームの決する迄」 v.14 no.4 1924.3 p.72-74

井染道夫「ア式蹴球の見方(三)」 v.14 no.4 1924.3 p.86-88

「ア式蹴球大戦小戦」 v.14 no.4 1924.3 p.121 

井染道夫「ア式蹴球の見方(完)」 v.14 no.6 1924.5 p.46-48

一記者「少年蹴球大会」 v.14 no.9 1924.7 p.82-83

「オリンピック大会 廿二箇国も参加のア式蹴球」 v.14 no.9 1924.7 p.129

生野閑人「大阪府立生野中学校蹴球部評判記」 v.14 no.13 1924.10 p.39

「神宮競技観戦記 ア式蹴球」 v14 no.15 1924.12 p.153-155

一記者「第二回全国大学専門学校ア式蹴球大会記」 v.15 no.3 1925.2 p.126-127

「早高対一高ア式蹴球戦」 v.15 no.3 1925.2 p.145 

「ア式蹴球戦」 v.15 no.4 1925.3 p.123-124

井染生「今冬ア式蹴球界回顧」 v.15 no.5 1925.4 p.46-47

ミチヲ生「名古屋地方に於ける蹴球籃球界」 v.15 no.8 1925.6 p.23

「極東大会フットボール(ア式)」 v.15 no.9 1925.7 p.71

チャーリー・ロバーツ「フットボールの新練習法」 v.15 no.14 1925.11 p.62
 
「明治神宮競技総まくり ア式蹴球」 v.15 no.15 1925.12 p.149

ジェー・エー・エッチ・カントン(述)、巣鴨山人(訳)「蹴球界の大問題は何ぞや 取るにも足らぬ問題の流行する世なる哉」 v.16 no.3 1926.2 p.92-94

広瀬謙三(時事新報記者)「今冬ア式蹴球界総まくり」 v.16 no.5 1926.4 p.32-33

「明治神宮大会記 ア式蹴球」 v.16 no.14 1926.12 p.99

「明治神宮大会記 ア式蹴球」 v.17 no.14 1927.12 p.131

松平照男「ア式蹴球王国東京帝大の連勝 対早大戦三対一の記録を中心として」 v.19 no.3 1929.2 p.120-121

藤原京之助「奉天東北大学ア式蹴球戦評」 v.19 no.4 1929.3 p.132-135

佐野二郎「ア式蹴球昨シーズンの総評」 v.19 no.5 1929.4 p.87-89

「東京中学ア式リーグ日割」 v.19 no.8 1929.6 p.12

佐野二郎「ア式蹴球界総展望」 v.20 no.4 1930.3 p.82-83

鯉城散史(中国新聞社)「球界時評-野球浄化規定評 あけてくやしや玉手箱」 v.22 no.6 1932.5 p.172-175

「運動雑誌往来・バックネット裏の新聞記者展望」 v.24 no.10 1934.8 p.180-183

太田襄「新聞社スポーツ戦線展望」 v.24 no.12 1934.10 p.174-176

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