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下関・若松・宇多津紀行 ② 若戸渡船「第十八わかと丸」・関門汽船「がんりう」乗船記

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関門汽船乗船場の至近にある門司港駅はいまだ工事中。

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戸畑駅で下車。

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若戸渡船「第十八」わかと丸」に乗船。

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前回の乗船は「くき丸」でしたので、別の船でよかった。

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2Fデッキに陣取ります。

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若戸大橋に沿って進みます。私の小学生の頃は、まだ大きな橋が少なくて、この橋が「東洋一」とされてました。そういえば、餘部鉄橋も「東洋一」ということになってましたっけ。

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若松に到着。

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若松乗船場にあった「火野葦平文学散歩」地図。

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火野葦平は若松の港湾荷役請負業玉井組の2代目で、『花と龍』は、愛媛と広島から裸一貫で若松に流れてきて、沖仲士からたたき上げてその親方になった火野の父母玉井金五郎・マン夫妻が主人公の伝記小説。主要登場人物は実名で、火野自身も本名で登場します。敵役の吉田磯吉(ヤクザの親分から民政党の代議士になって、若松市政を牛耳った)とその子分たちも実名だそうです。吉田も筑豊の石炭を遠賀川で運ぶ川船の船頭からたたき上げた、いわゆる川筋者。

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若松駅方向に進むとウッドデッキがありました。

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沖仲士が寝泊まりしたごんぞう小屋が復元されてます。「ごんぞう」とは沖仲士のこと。

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コンテナ化以前の港湾荷役は人力でした。

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「天狗取り荷役」の写真。『花と龍』でも活写されてます。若松港に荷は石炭ですが、伝馬船に積んだ石炭を籠に詰めて、ひな壇状に組んだ足場を、バケツリレーの要領で積み込みました。火野の母も元沖仲士で、女性は運ぶのは無理なので、石炭を籠に入れる役目だったそうです。両舷から別の組が積み込む場合は、早く積み込んだ方が舷が低くなって有利になり、負けた組は逆に舷が高くなって不利になるので、熾烈な競争になり、遺恨が残って、後で「出入り」になることもしばしばだったことが、『花と龍』に描かれてます。

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ごんぞう小屋と道を隔てた海事関係の会社のあるところが。

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玉井組があったところです。港湾荷役も建築土木と同様、多層的な下請け関係があり、実際に沖仲士をたばねる玉井組のような最下層の業者は、神戸港では3代目山口組の独占だった時代があり、神戸港で荷が動けば山口組にカネが流れる仕組みになってました。そのため、3代目時代の会費(上納金)は、うそみたいに安かったそうです。

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若松から若尾大橋を渡って小倉まで行くバスに乗るつもりでしたが、便数が少ないので、再び若戸渡船で戸畑へUターン。

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戸畑から門司港へもUターン。

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関門汽船は往路とは別の船「がんりう」に乗船。

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唐戸に戻ります。

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せっかく眺めの良い部屋をとったので、部屋から関門海峡を行きかう船を眺めます。

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前回夕食はお好み焼きだったので、今回は海鮮で軽く飲んで、シメにホテルに帰って戸畑駅で売ってた折尾駅東筑軒の「かしわめし」を食べるつもりでしたが。

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食欲がなく、弁当だけ食べることに。歳とると、少食になりますなあ。

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夜景を眺めながら「家飲み」して就寝。

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早朝の関門海峡。

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新下関発8:35の新幹線に乗車するため、早起きして、ホテルの朝食は食べずに7時過ぎにはチェックアウト。


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